「自分の感情」「生きてる意味」がわからないと言う人は・・・   

2015年 02月 03日


「自分の感情、と言われても困ります」

「もう、生きてる意味がわかりません」


そう言う人は、わりと共通しているのですが、

「うちは仲の良い家族です/でした」とか、

「両親のことが大切です、大好きです」とか、

不自然なタイミングで、取って付けたように、言います。



子どもの頃、とっても良い子だったと思うんですよね、"わからなくなっちゃってる人" というのは。

親の好みや気持ちを敏感に感じ取って、怒らせないようにし、期待に応え、喜ばれることを、自分の自然な感情を大切にすることより優先してきたんだと思います、様々な事情で。


両親は、

自分が自然に感じたこと・・・、たとえば「おもしろい!」、たとえば「つまらない」を 自由に表現したら、ことごとく否定したかもしれません。

「おまえのためだ」と "おためごかし" を言ったりして、強力な支配をしていたかもしれません。


子どもは、"その人なしでは生きていかれない大事な人" 保護者に嫌われるわけにはいきません。

嫌われたら生命の危機(!)ですから、

お母さんが「おもしろいでしょ?」と言いそうなことは、ほんとはつまらないけど「おもしろい」と思うことにして「おもしろい!」と ウソ を言い、

お父さんが「くだらん!」と言いそうなことは、ほんとは楽しそうだなぁと思うのに「くだらないことなんだ」と思うことにして「つまらない」と これまた ウソ を言うことにしたのだと思います。

そうするうちに、自分が感じたことを一回一回検閲器にかけてから、親が喜びそうなら表現する、というクセがつき、
それが上達するともう、いちいちチェックするまでもなく、親の喜ぶ感情だけを採用して生きる当たり前のこととして出来るようになった・・・

だから、

今さら「自分の自然な感情」なんて言われてもわからない・・・

ということになってしまったんでしょう。


子どもの頃から、自然に湧いて来る感情を、そのまま感じ取って表現することを許されていた人は、わからなくなんて、ならないです
からね。



自然に湧いて来る感情を殺して、つくられた感情で生きながら、そして、そうしているということに気づかないまま、
哲学書を読み漁っても、生きる意味を探し求めて世界の果てまで旅したとしても、「生きる意味」を見つけるのは、困難です。



でも、じゃあ、今さら、どうしたらいいだろう・・・

自分が自然に感じることを禁じられ、あらかじめ "どう感じればよいのか" を決められているような世界で育ってしまった人は、大人になった今、どうしたら?



まずは、自分の「おもしろい」と「つまらない」を思い出す ことですよね。
"親の" でも、"世間一般の人の" でもなく、"自分の"「おもしろい」と「つまらない」です。


「そんなもの、おもしろいはずがない」「くらだらい」・・・それって本当?

「これはきっと、価値ある面白いものにちがいない」・・・それって本当?



今からでも決して遅くなんてないです。

ひとつひとつ、ちゃんと自分のハートで感じてみよう


「背後霊(=脳内親)、注意」 でね



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



昨日、節分前日、快晴の明治神宮を参詣しました。

御神木のクスノキの モクモク を私は好きで、
いつもしばし見上げて過ごします。

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by kktreasure | 2015-02-03 15:15 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

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