最近、母とテレビの情報番組を見ていたた時に何度か、

「ああ、私は小さい頃、母のこういう言葉に哀しくなっていたんだな…」

と改めて気づくことがありました。


それは、伝えられる隣国の様子を聞いて「あんな国に生まれなくてよかったわ」とか、

映し出された震災後の東北の町の様子を見て「ここ(埼玉)は海がないから安心だ」とか、

そういう言葉でした(別に、私に向けられる暴言というわけではなく…)。


もう呆け始めている老人の言う言葉なので、ひとつひとつ咎めたり窘めたりすることもないですし、母は別に悪い人ではありません。


野良猫の暮らしを気に掛けるし、傷んだ植物の世話をして復活させるし、困った人が目の前に居たらなんとかしようと動くでしょう。「善良なちゃんとした人」です。


ただ、物理的、精神的に自分から遠いところにある人や場所のことを、想像することが出来ないだけです。


でも私は子どもの頃から 母の視野や物の考え方や時に無神経な言動に気づいていて、今思えば、それらがいちいち哀しかったり痛かったりしたのだと思いました。


無垢、とか、無神経、は、子どもが親のそれに気づいても どうしようもないですから、当時はそういうものか…と受け入れていましたし、逆に自分の感受性や共感能力を、めんどくさい困ったものだと思っていましたが…。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



昨晩はひとりで、録画されていたあるテレビ番組を見ました。

息子が「君の名は。」や「新海誠監督」をキーワード入力していたために自動録画されていたニュース番組だったんですが、

その中で新海監督は、『君の名は。』の起点になったのは、じつは 震災の後に訪れた名取市の閖上地区、というお話をされていました。


被災地で実際に暮らしていらっしゃる方々の感じたことを自分自身が分かるわけでは全くない。

それでも 『君の名は。』 は、"何かを取り戻す映画" にしたいと強く思った。


「ここは自分の町であったかもしれない」、「自分はここで生まれ育ったかもしれない」

「もし自分がここにいたらどうしただろう」、「もしも自分がここにいたあなただったら…」と思った。

その強い思いが、「もしも自分があなただったら…」という入れ替わりの映画を作ろうという気持ちに繋がった。


そう語ってらっしゃいました。




上に書いた母の "正直な" 言葉と、新海監督のそんな感性や眼差し。


どちらも、私の インナーチャイルド を刺激しました。


いまだに 「リトルあかり女の子」 は、 感じ、 学んで、 成長しているのだなぁと思います。




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Photo by David Shub





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by kktreasure | 2017-03-15 08:05 | 私の話 | Comments(0)