カテゴリ:心の話( 182 )   

人は誰かの力だけで不幸になんかならない   

2018年 01月 09日

「時間とお金と気持ちを費やしてきた男に、結局、待たされるだけ待たされて結婚を決めてもらえなかった。私が使った〇年という時間と、その間に使ったお金を返してもらいたい」

「私はあの男に人生を駄目にされた。不幸にされた」


・・・と、そんなことを言って嘆く女性が、以前ありました。


私の力量不足で、それは違うよ、ということを十分に伝えることができなくて、その男性と、自分に対する怒りを少しばかり解放しただけで帰っていただくことになってしまいました。



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ときどき、そんなふうに「自分は誰誰のせい何何のせいで不幸にされた」という思いで苦しんでいる人にお会いします。そのように表現しないとしても、そう思っているのがわかる人に。


でも、人は、誰かに幸福にしてもらうものではないし(自分でなるものですね)、誰かのせいだけで不幸になんかならないです。


人生、すべて「自分で選んでいる」ということを、まずは理解したいです。




自分で選ぶ。


自分で決める。


その結果はどんなものであれ引き受ける。




そうやって生きていくから、人生は面白いんです 晴れ





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by kktreasure | 2018-01-09 13:35 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

悩むコツ   

2017年 12月 20日

生きていれば、様々な問題にぶつかって悩む、ということは、頻度、程度の差こそあれ、誰にでもあることと思います。


でも、しょっちゅう悩んでいる人、いつまでも悩んでいる人 がいる一方で、あまり(ほとんど?)悩むことはないんじゃないか、という人がいますね(私は後者かな・・。決めるのが早いから悩まないんですね、それで失敗もたくさんしてると思いますが・・・あせる)。


悩んでばかりいる人 と 悩んでいるように見えない人。

この違いのひとつは、悩んでいる時間の長さじゃないかと思います。




「自分はいつでも悩み事を抱えてる気がする。そんな自分を変えたい」

というご相談があったので、悩むコツについて、ちょっと書きます。


まず、問題に直面して辛くなっているときに、「自分はなぜ〇〇なんだろう・・・」と、感情的なクセを責めないことですね。「なぜ」はまたの機会にする。


そして、今の時点で自分に出来ることと出来ないことを、しっかり見てハッキリ認めます。


それから、他人の責任を負おうとせず(そういう人、多いですね、ハタから見ていれば「それ、あなたじゃなくてその人の問題じゃないの?」と分かるんだけど・・・)、人のせいにもせず、自分の望みを叶えるために「決めて」「行動」します。


そして何より大事なところなんですけど、

自分の本当の気持ち、本当の欲求・欲望を、ちゃんと捉える、ということです。


ときどき「あれ?自分は長いこと何を悩んでるんだっけ?」という人を見ますが、自分の本当の気持ちや欲しいものが、分からなくなっちゃってるんですね。




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たとえば、「お金がないから給料の高い会社に転職したいが・・・」「でもなぁ・・・」「どうしようかなぁ・・・」と悩んでいる人がいるとします。


でも、その人のお話をよくよく聞いていくと、「高給」「お金持ち」はほんとはどうでもいいということがわかります。「もしお金があったら、こんな孤独な暮らしをしないで済むのに・・・」という思い、つまり「寂しさ」が出てきたりします。


高給はとっても良いことだし目指せばいいんだけど、ほんとの辛さ、ほんとの望みが解っていなかった・・・ということに気づいて、「あれ? 目標、目的が違ってた!」「これじゃあ、どう頑張っても気持ちが晴れないわけだ・・・」となるんです。


(お金がないから自分はこうなんだ・・・ということにしたい、お金を持ってしまったら、幸せじゃない理由がなくなるので、お金持ちは困る・・・というケースもありますが、この "偽解決" のお話はまたの機会にします。)




自分の本当の気持ち、本当の欲しいものを知る・・・、そんなの簡単?・・・でもないかも。

なかなか難しいかもしれませんうーん


こんな感じのことを整理したり、自分を理解したりするために、上手にカウンセリングを使っていただければ・・・と思いますclover*





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by kktreasure | 2017-12-20 12:10 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

何から何まで変えようとすることはない   

2017年 12月 08日

自分は、こういうところがダメで、

こういうところも欠点で、

そもそも、人として基本のところから間違っている気もして・・・


と、何から何まで気に入らないから直したい、という方が、ときどきいらっしゃいます。


何か良い心理療法はないか、強い薬があるなら飲んで治したいくらいだ、とおっしゃる・・・




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よほどの窮地に追い込まれてしまったから、そんなふうに思うのですよね。

よほどのことが重なって・・・の言葉でしょう。


でも、もちろんですが、そんなふうに考えちゃ いけないわけです。

そういう思い込みを握りしめたままでは、どう頑張ったって望みは叶っていかない・・・




心を大事にされてこなかった人というのは、自分に優しい目を向けてあげるのは難しくて、そして極端なことを言うものです、「白じゃないなら黒!」「100じゃないなら0だ!」と。


だけど、誰だってみんなデコボコで、長所と同じくらい短所があるのは当然で、

それでも、ああかな?、こうかな?、間違った?、ごめんなさい、次からはこうしましょ、って問題に直面しては解決する・・・を繰り返しながら、少しずつ、生きるコツを掴んでいくんですよね。


そういうプロセスそのものが人生なわけですし、凸は凸だから凹と出会える・・・ってとこが、人生の醍醐味ですし。




だから、先ずは完璧な自分になってスタートする、というのは間違いだし、何か "大きな山" を登り切るのが人生(の成功)だ、というのも必ずしも合ってないと思います。


山って、登り切らなきゃ それが 山 だったかどうか、わからないですよね。

山じゃなくて永遠に上り坂・・・かもしれないものを、登頂するぞ!って必死に頑張ることもないんじゃないかな・・・("登山"こそ人生、と思って頑張りたい人、そういうのが好きなんだという人は別。どんどんやればいいです)。




変えた方がいいところは、変えられるし、

変えられないところは、変える必要などないところ。


それを見究める力をつけていくことが、自分を知って幸せになる、ということにきっと繋がっている、と私は思います 晴れ



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by kktreasure | 2017-12-08 12:07 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

自分の操縦席に他人を座らせない   

2017年 11月 29日

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気づいたらなんとなく、

または、

イヤだけどやむを得ず、

または、

私の人生はそんなものだ、などと思うことにして、


自分の人生の操縦席、運転席に他人を座らせ、舵、ハンドルを譲られてしまっている・・・という人がいます。


これはやっぱり、取り戻さなくちゃいけないと思います。




私たちは、自分の人生を自分の好きなように生きるために、生まれてきました。


愛するパートナーにも、自分がお世話になっている "力持ち" の誰かにも、自分の人生を操縦、運転させちゃいけない。


誰かが率いて動かしている乗り物に乗っているときも、そうです。

自分が自分の操縦席にいることはできます。そこを明け渡してはいけない。


「ジコチュー」っていう悪口がありますけど、自己を中心に据えて進むのは当たり前のこと、ワガママとは違いますね。




この旅(人生)終わるまで、自分の操縦席を離れて操縦を誰かに任せることのないように行きましょう。


自分で握り、自分で動かして進んでいくから、

人生は充実するし歓び溢れるものになるんです ひまわりflower*






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by kktreasure | 2017-11-29 11:50 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

子どもの「万能感」   

2017年 11月 26日

小さな子どもは きほん、「万能感」(全能感)というものを持っています。

自分は何でもできちゃう。世界は自分の思いどおりになる。


でも、だんだんと、失敗や挫折を繰り返し己の力を思い知らされるうちに、等身大の自分(ありのままの自分)を受け入れていくことになります。


人はそうやって「できること と できないことがある」ことを知り、自分にできることを探ってそれを伸ばしながら、自分という存在をこの世の中に根付かせ育てていくわけです。



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でも、「できること」もあれば「できないこと」もあるのに、それを受け入れるのが大人なのに、それの見分けがつけられず、いつまでも幼稚な子どものままでいる・・・というケースがあります。


あ、いつまでも夢や希望を持ってるのは幼稚な子どもだ、と言っているのではありません。

自分に変えられることと変えられないことがわかっておらず、

「周りが(都合よく)変わればいい」「周りのせいで自分は辛いんだ」「自分の不幸は他者のせい」という理屈を手放せないでいるのが子どもだ、という意味です。




また、大人になってもむやみやたらと「自分のせいで悪いことが起こった」と考える人がいますが、

じつはこう考えることの背後にも、幼児の「万能感」があります。


子どもは

「楽しみにしてた旅行が雨になったのは僕が悪い子にしてたからだ」とか、

「自分のせいで、お父さんとお母さんが離婚した」とか、

思ったりします。

ほんとは「雨」も「親の離婚」も自分のせいではないんだけど(そんな影響力はない)、そう思ってしまう・・・


自分のできること(自分が影響を及ぼせること)と できないこと(力の及ばないこと) の区別がついていない、ということです。




「万能感」じゃなく「有能感」。


目の前にある自分にできることにコツコツと取り組んで、そこに注ぐ営みのなかに自分の持ち味や強みを見出していけるようでありたいと思います、大人なら flower*flower*



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by kktreasure | 2017-11-26 12:12 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

ノーを言えないわけ   

2017年 11月 23日

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本意じゃないのに、つい「いいですよ」「OKです」と言ってしまったけれど、やっぱり断りたい。

でも、今さらノーと言うのは申し訳ないない。

断る場面を想うと、胃が痛い・・・


そんなお話が時々あります。




これは一見、"相手の気持ちを想っての優しい思い" みたいに見えます。

ご本人も、相手の身になったら断るのは難しい、と思っています。


でも、本当にそうなんだろうか?と思うことがあるんですね。


じつは、断った時の相手の反応を想像して、

「断ったらイヤな顔されるよね…」

「断って嫌われたらどうしよう・・・」

と思ってるから言えないんでしょう? と。


「断りたくないのは、相手じゃなくて "自分の傷つき" を回避したいから」では? と。




いつもいつも、ノーと言って断るのが難しい、苦しい・・・

そういう人は、どうして苦しい?と自分に訊いてみてください。


ノーと言ったときに返ってくる(かもしれない)相手の反応に、自分の古傷が痛むのがいやなんだ、ということがわかるかもしれません。


そこを優しく見ていくことで、要らないパターン(自動的な思考)に辿り着けるかもしれません。


そしたらラッキーです。

断って相手がイヤな顔したって困ったって、「期待に沿えず ごめんなさいね」で終了にできるようになってきます。大丈夫になります。


これは随分と楽ちんです。




ちなみに、何かを相手に伝えたときに 相手がどう思うか についてですが、

これ、自分が責任を持つ話ではなく、相手の問題ですclover*




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by kktreasure | 2017-11-23 11:48 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

大切な人にこそ ちゃんと伝える   

2017年 11月 08日

優しい優しい風情の男性がいらっしゃいました。


いつでも誰にでも、「まぁ、いいか・・・」と譲ってしまう。

ほんとはイヤだったり、ほんとは聞いてほしいことがあったり、そういう時も、「まぁ、いいか・・・」。


ほんとに気立てが優しい人で、こちらもつられて優しい気持ちがふんわり膨らむようだなぁと、私なんかは思うのですが、これ、鈍い人、雑な人、厚かましい人、窮状にある人には、"好都合な" "使える" 人になってしまうのだろうなぁ・・・と思いました。


ほんとは要らないものや受け入れられないものも、ありがたく受け取ってパクパク ”食べちゃう” し、自分の好きなものや好きなことを相手に伝えられないから、本当だったら大切にしなくちゃいけない、自分の内側に発生して外へ出たがってるものは粗末に扱うことになって、いつの間にか忘れ去られて・・・

サッカー部のレギュラーの座だって、学芸会のやりたかった役だって、好きだった女の子だって、それを望む人がいたら譲ってきた・・・


辛いことは、友だちにも恋人にも、誰にも全く話さない・・・


だから「よくわからないけれど、苦しい」「無性に泣きたくなる」「食べたくないのにモーレツに過食をする」ということになっていました。




少し前に、2度目の結婚をしたのだそうです。

でも、大切な人だから、辛いことは話せないなぁと思い、なんだか寂しいなぁと思いながら、コンディションがよくない日は、外で時間をつぶしてから帰宅していたのですって。笑顔になれそうになったら帰ろう、って・・・


優しいんです。

だけどそれ、奥さんが知ったらどう思うんだろう、辛いことなんて聞く気なし!外で元気になれ!って言うのかな・・・、私だったら寂しいけどな・・・、気づかなくてごめんなさいって思うけどな・・・

そんなことを私は言いました。


それには、「そうか・・・そういえばそういうものですね」「私だったら、そんなの寂しいと思いますね」「なんでも話してほしいです」と納得されたようでした。




つい、相手のことを想って黙っておこうと思うの、わかるんです。

いつも、そうしてきたんだなぁ・・・という尊敬もあります。


でも、せっかくの2度目の結婚。

大好きで大事な奥さんとは、ほんとの話、本音の話がたくさんできるようであってほしい。

そのためには先ず、自分の気持ちは伝える、という新しいレッスンを、してみてほしいと思いました。


こんなことに取り組んでみるのは人生初、だそうです。


うまくいくといいな、頑張ってみてほしいです。


きっと、確実に幸せな関係性を築いていくと思います カラフルなお花♪



(☆ご本人の許可を頂き扱わせていただきました)




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by kktreasure | 2017-11-08 11:22 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

自分を変えるか、相手を変えさせるか   

2017年 10月 30日

何か心理的な課題、心の問題を解決したい、というときに、自分の周り、外側にその原因を見つけようとするのと、自分の中、内側にそれを見つけようとするのとでは、大きな違いがあります。


いつもお話しすることですが、生きていく限り いつだって周りには、なんとなくニガテな人、迷惑な人、困らせてくる人、気に障る人・・・というのは居るわけですが、

その他者の気に入らないところを自分の都合、自分の好みに沿うようにコントロールする、変える、ということは、ほんとの意味では出来ることではありません。

だから、そこへ気持ちを向け労力を費やすのは賢いと言えません。


つらいことがたくさん起こって、つらい時間が長く続くと、

「あの人の気持ちが変わればいいのに」とか「あいつが改めれば済む話では?」とか、

そんなふうに思いたくもなるかもしれない。


でも、問題を解きたいと思ったら、目の前には必ず、「自分が変わっていく道」と「相手を変えさせる道」があることに気づいてほしいと思います。二択です。


間違いなく自分が変わっていった方がいい。好きなように、なりたい自分に・・・。



昨日は、そのことを噛みしめて決意した女子とお会いしました。

これから次々と開くに違いない扉の脇で、私はワクワクしながら見ていようと思いますクローバー




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by kktreasure | 2017-10-30 11:51 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

褒められ下手   

2017年 10月 27日

カウンセリングを重ねて

「ああ、この方、柔らかくなったなぁ」

「そんなふうに考えられるようになったのだなぁ、すごいなぁ」

などという変化がはっきり感じられると 私はとても嬉しくて、

そのことについてお伝えするのですが、


「そうでしょうか・・・」と首をかしげる、

「いいえ、まだまだです」と頑なに首を振る、

なかには

「そんなことないです」「何も変わらないです」と、全力で否定する


そういう方がいます。結構、いらっしゃる。


すごく慎重。ほんとに謙虚。



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この方はずっとこんなふうに、良いことや嬉しいことの方は控えめに受け取り、悪いことや悲しいことの方を大きめに捉えて、浮かれずはしゃがず、嘆いたり戒めたりする方を熱心にやってきたのだなぁ・・・と思います。


でも、褒められ下手は損、頑固は損なんだよなぁ・・・とも思います。

少なくとも私はお客様に、営業的な目的(!)や調子のよいリップサービスで 褒め言葉を贈ることは一切しませんから、ほんとのこととして、そのまんま受け取ってもらえるといいです。




そっか、そうなんだな・・・と、他者からの褒め言葉は素直に受け入れて、

「ありがとう」「嬉しい」と言うクセをつけるといいですよ。


とりあえず、褒められたら、否定するんじゃなくて

ニッコリ微笑んで「ありがとうハート」。


その決め事が身についてくると、ますます佳きことが起きますキラキラ、じゃんじゃん起きますキラキラキラキラ




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by kktreasure | 2017-10-27 12:03 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

愛じゃないものを贈られると苦しい   

2017年 10月 07日

学生時代、遠い郷里から出てきて大学に通ってた友人の下宿を訪ねたら、

ご両親から送られて来た小包が、玄関に2箱、開梱せずに積んであるのを見た、ということがありました 段ボール 段ボール


「開けなくて大丈夫なの?」と聞いたら、友人は

「いいの。だって重苦しいんだもん」と言いました。


「でも、あかりちゃんが一緒だから勇気出して開けてみるか・・・」と言って開けて^-^;、中身を一緒に取り出してみたのですが・・・


段ボール箱には、

傷んでしまってる野菜や果物(そりゃそうだ・・)の他、

きっと使わないだろうなぁ・・・と思われた「手づくり〇〇」(編んだ鍋敷きとかクッションカバーとか家履きとか、あと、チラシを折って作ったミカンの皮入れ(?)とか・・・)

が、ぎっしり詰め込まれていました。


なるほど、これが"重い"のね、と思ったのですが、友人は、

「これそのものも重いんだけど、送った荷物を食べたか使ってるか、どうだったかと尋ねる手紙、便りをよこさないお前は親の愛情がわかってない と責める電話・・・そういうのが重いんだよ」

と言っていました。


なるほど、そうなのか、と思いながら、実家ではどんな関係だったんだろう・・・と想像したものでした。




先日はお客様が、「彼氏の "愛" が重い」「息苦しい」と言いました。もう別れたいのだと。


お話伺うと、彼からのプレゼント攻勢が凄まじいし、時間もお金も無理して何処かへ連れて行ってくれるんだけど、それに対して感謝の気持ちがないと言って なじる、別の友だちと会う日は、その証拠を見せて、と言うし、心配だと言って迎えに来ちゃうときもある・・・


しょうじき鬱陶しいな、と思って、それとなく伝えたら、「俺の愛がわからないのか」と言われ喧嘩になった・・・と。




田舎の親の小包も、彼氏のプレゼントも、贈り手の気持ちはよく解るんですけど、

受け取り手が「重い」「苦しい」というなら贈り手は、もしやこれは「愛」とは違うのでは?と省みねばなぁ・・・と思います。


「愛」で行うなら、贈った時点でお終いになります。

「愛」というなら、受け取ってもらえるのか、どう思われるのかは関係ないはず。


受け取って欲しい、わかって欲しい、は愛と違いますね・・・


(田舎から送られて来た 「毛糸の鍋敷き」 は使ってあげたらいいと思いましたけどね、そうもいかない何かがあったんでしょう・・・)




釣り糸とかロープのくっついたプレゼントは、やっぱり苦しい。


愛じゃないからですね カオナシ




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by kktreasure | 2017-10-07 11:08 | 心の話 | Trackback | Comments(0)