カテゴリ:心の話( 165 )

「なんだか分からないけど、とにかくイライラする」


と訴える方のお話を伺うことがあります。


たとえば、感情的になって話をしている人を見るとイライラする、自分には関係ないはずなのに、とか。




「この人とは合わないなぁ」 や 「あの人のことは好きではない」 なら良いのです。

スッキリと そう思う、という話なら。

合う・合わない、好き・嫌い。 誰にでもあります。


でも、"なぜか分からないけど" "イライラ" する・・・というときは、気づいた方がよいことがある、と思った方がいいです。




上の例で言うと、たぶんそのイライラしている人は、"感情的な人" ではないでしょう。


でも、その人、


もしかしたら、小さい頃に「泣くな!」「甘えるな!」っていうふうに、感情をそのまま外へ出すことを禁止されて育ってしまったのかもしれない。


または、泣いてたり怒ってたりしても、それを受け止めてくれる大人がいなくて、「辛いときは、自分でなんとかしなくちゃいけない」「誰かに分かってもらおうなんて思ってもムダ」って、学習しちゃって、そうやって生きて来たのかもしれない。


ほんとは、泣きたかった、怒りたかった、甘えたかった・・・わけで、そのことを心の深いところに、今も疼く傷として、持ってるんですよね。


それを抑圧していると、かなりの力を消耗してしまうし、なんとなく周囲に与える雰囲気も、硬いとかトゲトゲしい、とか、まぁ、漏れちゃってるものです バイキンくん




自分の内面で起きていること、湧いてきた感情に自覚的であることって、とても大切です。


「ああ、私はこんなふうに感じてるんだなぁ」

「いつも、こういう場面では無性にイラついてしまうなぁ、なぜだ??」 と。




何かネガティブな感情が出てきたとき、私たちはつい、それを無きものにしようとします。

出て来るな、引っ込め、失せろ。


でも、湧いてきてる感情って、既に湧いてきちゃってるんです。無くなりません。

誰かにぶつけたりすることなく、安全に処理(解放)できるようになりたいものです。



それに、私たちは感情に教えられて行動し、進んでいきます。


自分が「車」だとすると、感情は「ナビ」。


「何度も何度も煩いんだよ!黙れ!」って文句言ってちゃいけない(笑)。




a0237268_12213812.jpg






自分の内面で起きていることに自覚的であること。

何か強い感情が出てきたときに、「ああ、そうなんだね。そう感じるんだね」って理解・共感してあげる力をつけること。


それはとても大事、というお話でしたクローバー






a0237268_12220833.jpg




[PR]
by kktreasure | 2017-07-09 12:20 | 心の話 | Comments(0)

a0237268_18234643.jpg



人は、過去の辛い体験や状況を、なぜか繰り返し再現してしまう、ということをします。

精神分析の言葉で「反復強迫」と言いますね。


辛いことを体験したら、直ぐに忘れて二度と思い出さない、繰り返さない、というふうになっていたらよいのですが、なぜか何度も何度も同じようなことを体験して、同じ苦しみを味わうことになる・・・


心当たりのある方もいらっしゃるでしょう。 


「なぜだ、なぜなんだ・・・ 」ですね。




A子さんは、どんな集団に入っても、つい良い人を演じてしまう。そして結局、親しい友人を作れない。


B子さんは、与えられた仕事を人一倍頑張る。なのに 「やりすぎだ」「周りとの調和を考えていない」 と非難されてしまう。


C子さんは、なぜかいつも、付き合う男性が "ダメな男" または "ゲス " 。苦労させられてばかり。今度こそは頼りがいのある誠実な人と出会いたいと思っているのに・・・。



そういうことが、

「たまたま運の悪いことが続いてる」わけじゃなくて

「いつものこと」で、

「私のパターン」なのだ、

ということに気づけたら (まずは気づきましょうね、気づけないと始まらないです・・)


そういう辛いパターンの奥には必ず、「未完の感情」 があるはずなんです。


それが癒されたがって出てきているんだ、

何度も何度も "なぜか繰り返してしまう、望まぬ体験" となって表れているんだ、

そんなふうに考えてみてください。



「未完」・・・終わっていないんです。

そして「私はそれを、終わりにしたい。そして次へ行きたい」「成長したい」と思っているんですね、じつは。


だから、嘆かず、諦めず、逃げ回らず、誤魔化さず、

長いこと抱いて歩いてきた 「ネガティブな信念(思い込み)」 を発見してほしいと思います。




親しい友達ができないA子さんには、「自然な感情を表現してはいけない」や「属してはいけない」という禁止令がかかっているかもしれません。


頑張り過ぎて否定されてしまうB子さんには、「努力せよ」や「完全であれ」という キツいドライバーに駆り立てられているのかもしれません。


ダメ男とばかり縁があるというC子さんは、「ダメな人の面倒を見て、守り育ててこそ私の存在価値が・・・」などという信念を、無意識に持っているかもしれません。


そして、その「思い込み」の陰には、長いこと抑圧されてきた「ほんとの気持ち」が、きっとあるでしょう。




でも、今までの自分じゃダメなんだ!って、全否定 しようとするのは、違います。

そのパターンには、行き過ぎもあったでしょうが、良さでもあったはず。


自分を出せないA子さんは、優しくてよく気づくはずだし、物事を公正な目で見ることができる人だと思います。


頑張り過ぎのB子さんは、努力家で責任感が強くて、組織に安定感をもたらしているでしょう。


"ダメ男専門"のC子さんは、きっと母性が強くて人の未熟さに寛大で面倒見のよい女性です。




「同じパターンの出来事」って、

〈神様〉あるいは〈命〉〈高次の私〉から投げかけられている「ボール(問い)」だと思ってみるといいんじゃないかと、私は思います。


「いつものボールが、また来た!」


・・・そこで、いつもと同じ「返球」をしていては芸がない、変わらない。


今度は、考えて、「違う返し」をしてみてください。


嘆いたり、いじけたり、諦めてしまったりせず、「未完」は「完了」させて、次へ行きましょう。




一人ではなかなか難しいかもしれません。

そしたら相談室へ いらっしゃってください。


「パターン」と「理由、原因」「未完了の感情」を一緒に見つけることと、返球の実践練習をしていく時のコーチ役を、させていただきますクローバー





[PR]
by kktreasure | 2017-07-03 11:22 | 心の話 | Comments(0)

心の中に、未完の感情があると、

生きていくうちに必ず、それ(癒されたがっている重い感情)がある、ということを思い知らされるような出来事に出会ったり、そんな情報に接したりすることになります。


聞く度に耳が痛いなと思う話、目にする度に胸が痛む、心がざわつく話、というのがある方、いらっしゃるでしょう。




たとえば過去に、


誰かに酷いことをしてしまった苦い経験があるけど、まぁ仕方なかったんだなどと自分言い聞かせて忘れることにした(ほんとは忘れてない)、とか、


立ち直れないような傷つき方をしたけど、なんとか誤魔化して切り抜けた(つもりになっている)、とか、


そういうことがあると、その苦々しい感情や手当の足りなかった傷は、どこかのタイミングで浮上してくる。そして、直面せざるを得なくなる・・・




そういうことが起ったとき、どうするか。


人によっては、


そんなもの完全にシャットアウトだよ。

見ない、聞かない、触れないに限る。

痛いのは御免。


という態度でいくでしょう。



a0237268_09481636.jpg




また、それとは反対に、


逃げちゃダメだ、直視しなくては。

絶対に目を背けないぞ!!


って、無理して向き合おうとする人もいるでしょう。


極端なこれらは・・・、どちらもあまりよろしくないですね。




いつも言いますが、感情って、抑圧しておいても決してなくなりません。

意識を逸らし続けることでは、絶対になくならないし、そのテーマは越えられない。

そういうふうに出来ています。


でも、それをなんとかしようと思っても、元気がなくちゃ、難しい。




だからまず、エネルギー補給して元気になることです。


そしてエネルギーが蓄えられたと感じられたら、勇気出してやっていく。


一人ではもうパニクっちゃう、フラッシュバックが起きて苦しくて無理、ということなら、専門家のサポートを受けながらやってください。


その時の自分の体調とか状況とか、いろいろあると思いますので、

とにかく無理をしないで優しく、優しく、です。


でも決して、

しらばっくれ続けられるとは思わずに(笑)

逃げ切れるとは思わずに(笑)

しっかり向き合う時期を作って消化していくのが良いんじゃないかと思います。




大丈夫、浮上してきているものなら、感じ切ったら手放せます。

消えてなくなって軽くなった分、ほんとに楽に歩いて行かれるようになります。


いきなりカンペキには無くせませんよ(そんなことを謳ってるセラピーなんかは信じないでくださいね。笑)。


でも、辛い感情って、それをちゃんと見て大事に取り扱うことができたら、確実に薄まり、溶けて、消えていくんです(体験済み)。


「もう大丈夫なんだ」とわかるようになります。




人生って、どこか "輝かしい地点" に早く辿り着くこと に意味があるわけじゃないですよね。

ひとつひとつに取り組んでいくその プロセス こそが人生、ですよね。


だから、どんな辛い出来事も、癒されて幸せになっていく きっかけ、チャンスだと捉えたい、と私は思っています。


元気出して、それぞれのペースで、テンポで、成長していきましょう。


どこまで行かれるかは分からないけど、気にしない、気にしない 晴れ




a0237268_09513942.jpg


[PR]
by kktreasure | 2017-06-18 11:45 | 心の話 | Comments(0)

「♪人生 楽ありゃ苦もあるさ 」は、日本人なら皆が知ってる歌詞で、誰もが解っていることのはずですが・・・


やっぱり自分の身に起こる「苦」は避けたくて、「楽」ばかりだったら良いのになぁと思ってしまいます。


だけど、どうしたって、好ましいことも起これば、そうでないことも起こる。


必ず、起こる。




そういう、良いことと悪いことは、どちらも起こって当たり前なんだ、ということを、

生きていく 〈構え〉 としてしっかり持っていた方がよいよね、と思うことが、しばしばあります。


悪いことを回避するのに躍起になったり、いざそれが起こったときに対応できない「ダメな自分」を裁いたり責めたり、こんな 意気地なし じゃいけないんだ、と無理やり己を奮い立たせたり・・・


そういうことで消耗したり、「もう、どうにもなりません。またしても鬱の穴ぼこに落ちてしまいましたしょぼん」と言っている人のお話を聞いていると、思うんですね。


「まずは、人生、そういうものだよね?そんなふうになってるよね?ってことを、自分に言って聞かせよう」って。




a0237268_10520261.jpg
タロットカード【10.運命の輪】。
流転し変化し続ける運命が「車輪」によって表されています。





それから、そうそう上手くいくことばかりじゃないかもしれないけど、私たちはいつだって最善を尽くしています。


「最善なんて尽くせてない。頑張れてないよシラー」と言う人だって、その状態でいることに最善を尽くしているはず、一生懸命やってるはずなんです、じつは。




だから、いつだって


「こんな感じで上出来だよね」

そこそこ ほどほど だけどOK。よくやってるよね」


って言ってあげてほしいんです。


そういうふうに言えるのって、大事なこと星




こんな自分じゃダメなんだー!イヤなんだー!って言う人に、

じゃあ、どんな自分ならイヤじゃないの?って訊くと、


「そう言われると言葉に詰まります」って言われたり、

すごく立派な理想像を語られたりするんですけど、


いずれにしても、現時点のリアルな自分を見てないなぁ、と思います。




いつか今の自分みたいな人間じゃなく、素晴らしい自分になる、っていう考えが悪いんじゃないのです。


でも、変わっていきたいなら、今の自分を まずは認めて、受け入れて、ねぎらって・・・ということができないと、どんなに気合入れて「変わるぞー!」って苦しんでも、無理なんだ、ということです。




自分に優しくしましょう(それで堕落したりしませんから、安心して)。

自分と仲良くしましょう(意味わからなかったら訊いてください。コツ掴むまで練習しましょう)。


よろしくお願いします晴れ




a0237268_10552278.jpg





[PR]
by kktreasure | 2017-06-15 08:15 | 心の話 | Comments(0)

a0237268_22281140.jpg



またしても失敗してしまいました、

どうしていつも私は、くだらない恋愛をしてしまうんでしょう、

私には学習能力ってものがないんでしょうか…


「もうズタボロです」と相談に来られた方がありました。長いこと来てくださってる方。


恋愛って、ロジックでなく感情の産物ですから、「好きになっちゃったものはしょうがない」 ではあるんですが、"またしても"同じ失敗をした、というその方と、せっかくだから「学習」したいよね、という話になりました。


そして、会話を通して ひとつ辿り着いたのは、


「自分を変えないでいられる範囲で、うまいこと やりくり しようとしていなかったか (していたアセアセ)」


という問い(&答え)でした。




人間だもの、好みってものがあり、感じ方、考え方にクセがある。

それはそう簡単に変わらない。


だけどやっぱり、過去の失敗をちゃんと見て学んで、自分を変えていかなかったら、なんとなーく同じようなことを繰り返してるうちに、人生、夕方になってしまう・・・ショック


あ、私の友人に、そんな元・乙女がいます。
「恋人いない歴20余年の、立派なオジサンみたいな 54歳独身女性」なんですが、彼女は「大事な20代、30代を、今思えば つまらん "似たような男" A、B、C に費やしたのがイタかったあせる」とよく言います。




「今度こそ良い恋愛をしたい」、「そのために過去から学ばねば」という女子には、


「自分は、過去の恋人と一緒に居るとき、どんな体験をして、どんな気持ちになったことが嬉しかったのか」


ってことを思い出してみてほしいです。


「どんな男性が好きか」ではなくて、
「その人と居るときの、どんな自分が好きか」 ですドキドキ




その人と一緒に居たら、心地よくて、嬉しくて、

自分の良さに気づくことが出来て、

「こんな私っていいなぁ」「こんな私でいたいなぁ」って思える恋愛こそ、本当なんじゃないでしょうか?


その人と居ると

無理せず素でいられる、とか、

前向きで元気な自分でいられる、とか、

もっともっと勉強したい、もっともっと美しくなりたいと思う、とか・・・


相手に近づいて相手を知るにつれ、新しい自分、好きだなぁと思える自分と出会って行かれる、自分の成長が嬉しい、そんな恋愛を してほしいと思いますピンク薔薇




a0237268_22282897.jpg




[PR]
by kktreasure | 2017-06-05 11:25 | 心の話 | Comments(0)


a0237268_21223909.jpg




「あの人の持ってきた話だから信じたのに・・・」

「まさか、こんなことになるなんて思ってなかった」


そう言って ぷんすか怒り、不運だぁ~と嘆く友人を慰めながら、思いました。


なぜ、疑うことを怠った?

そして、なぜ、「被害者になった」という話で終わらせようとしてる?




 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★




私たちは、「人を信じること」は良いこと、としているところがあります。

人を疑わないあの人は心が美しいんだね、とか・・・


逆に、「信じられないこと」、「疑うこと」は悪いこと、みたいに思っています。




人の脳って「信じるほうが気持ちいい」ようにできているらしいですしね。

情報を疑って、自分でちゃんと考えて判断する・・・というのは人間にとって、

億劫で負担で、ときに苦痛なものなんですね。認知負荷、というやつです。


信じちゃった方が、楽なのです。




でも、もう少し、相手や事象を疑ってみるってことを、癖にしてもいい気がします。


容易に「100%信じる!」みたいに鵜呑みにして、それに振り回されて、

そして結果的に「裏切られた」「話が違う」ってなって、

腹を立てたり落胆したり・・・


それって、怠慢とも言えると思います。




私は結構、疑うんですよね。

「それ、ほんとかな?」って思う自分が、いつだっている気がします。


センサーが過敏だから騙されようがない、ってこともあるし、

幼少期がスリル満点(!)だったおかげで危機管理能力が発達した、ってこともあるのかな。


でもその方が好きなんですよね。


もし相手が間違っていたとき、自分の期待と違ったときに、

「そんなこともあろうかと思ってたヨ」って言いたいし。




「いつもちょっとだけ疑って眺める・・・なんて、そんなの寂しくないか?」

そういう人もいるかもしれません。


でも・・・

物事を、人を、しっかり見ようとする姿勢、

自分の中に取り込む前に考えてみる姿勢って、

悪くないんじゃないかと思います。


「子供騙し」って言葉がありますが、

子どもじゃないんだから、簡単に騙されちゃうのって、ねぇ・・・




とはいえ、"結構疑う" 私にも、

「その人が言うこと、やることについては全面的に信じる」 という人が何人かいます。


その人にもし裏切られても、いいよいいよ、と笑って許すと思います。


これは、ほんとの信頼関係を築いてきた(と自分が思っている)人だから、

"そう覚悟している"、"決めている"、ということです。


家族だから、とか、友人だから、恩師だから、とかいうことで

"自動的に" 信じることにしたわけではなくて クローバー




a0237268_12482912.jpg


[PR]
by kktreasure | 2017-05-25 08:21 | 心の話 | Comments(0)


5月に入ってから、ご自分の自尊心の低さ、自己受容の難しさ、生きづらさ についてのご相談が何件かありました。


お話を伺うと、皆さんの共通点として 「お母さんが過保護、過干渉だった」 ということが浮かび上がります。




a0237268_12515453.jpg




「過保護、過干渉」は、その他のアビューズ(身体に暴力を振るうとか、酷い言葉で心理的に虐めるとか、衣食住の世話が足りないとか・・・)と違って、親の方も子の方も、認識しにくいです。


親の方は、「子どものためを思って」「心を込めて」「一生懸命」やっているわけですし、

子の方も、「自分のためにやってくれてるんだ」「正しいことを言ってくれてる」と思っていますから。




「過保護」の何が良くないのかって、それは、

自主性が育まれるのを阻む、とか、失敗から学ぶチャンスを奪ってしまう、とか、そういうことに留まりません。


過保護にするということは、

子どもが傷ついたり、嫌な思いをしたり、失敗したりすることがないように、と、先回りしてあれこれと手を打っているわけですが、それって、

「傷ついているあなたのことは見たくないよ、失敗するあなたのことは受け入れられないよ」 と伝えていることと同じ

なのです。



子どもの方は、そんな過保護な親から何を学び、何を心に誓うかって、


「自分は、お母さんを安心させる自分じゃなくちゃダメなんだ」

「自分は、お母さんを喜ばせる自分にならなきゃいけないんだ」


ということです。




そうやって、自己受容(どんな自分でもOKなんだ、と思うこと)ができないまま大きくなったら、どうでしょう・・・


・自分に自信がない

・人の言葉や態度に振り回される、傷つく

・自分の気持ちを表現するのが難しい

・すぐに自分を責める、自分はダメな人間なんだと思う

・不安が大きい、「夢や希望」と言われてもわからない


そういう悩みを持つに至っても不思議はないのではないでしょうか・・・




「過干渉」も、分かり易くストレートに干渉する場合はまだ、子どもの方が拒否できるので まし ですが、

親が巧妙に、他者との境界線を作っていこうとする子どもの自然な成長を阻んでいるケースは、なかなか深刻です。


子どもの方は、いつまでたっても、


「自分の感覚や気持ちを尊重する」 ということや 「自分で考え、自分で決める」 ということが苦手な(あるいは、それがどんなことかよくわからない、というような)人でいることでしょう。




親が、良かれと思って日々一生懸命にやっている過保護、過干渉な言動が、

子どもにとっては 「親から受容してもらえない体験の積み重ね」 になり、

「自分はこのままじゃダメなんだ、という思い込みの強化」 になってしまっている・・・


「大事に育ててもらったはずなのに、私はどうして自己受容が難しいのでしょう」 という問いの、答えの一つは、それです。




それに思い当たったら、カウンセリングでは、

その人の 「脳内親」「インナーペアレント」 が どんなことを言っているのか、

大人になった今もなお、その人を強力に支配している「親からのメッセージ」はどんなものなのか、

を見ていきます。




そこに気づいていくことをご自分に許可した人は、目に見えて変わり始め、元気になります。


「私は私を生きる」の始まりですね 晴れ




a0237268_12524601.jpg



[PR]
by kktreasure | 2017-05-17 11:50 | 心の話 | Comments(0)

イヤならきっぱり断る

若い頃の私は、「断れない人」でしたショック


カウンセラーとして開業しよう、と決めて動き出してからも、そうでした。


可能な限り、誘われたイベントには顔を出そう、どんなセミナーでも交流会でも、食わず嫌いをせず行ってみよう、きっと何かいいことがある、勉強になる・・・と考えていました。




でも、あるとき、

ほんとは気の進まない会合(同業者の食事会)に、

ちょっと強引に、でもとても好意的に、誘ってもらったときのこと、


「そこまで熱心に言ってもらっているのだから・・・」

「集まる皆さんが、私の出席を楽しみにしているというのに、断ったら申し訳ないよな・・・」

「うむ。これはやっぱり断っちゃダメだ」


そう考えて、仕事や家のことを調整してたんですね。

忙しくて、なかなか難しかったのですが。



そしたらなんだか

無性に自分に腹が立ち、悲しくなってきてしまったんです汗


自分は一体、なんでこんなに無理をしてまで都合を付けようとしてるんだ?

そんなに いい顔したいのか?

疲れて帰ってくること、わかってるじゃないか・・・

その日はほんとは、一人でやりたいことがあるはずじゃないか・・・




で、結局、勇気を振り絞ってお断りしたのですが、

お断りメールを送信したときの 晴れ晴れとした爽快感虹 ときたら・・・(笑)


そうだそうだ、これでいいんだ、やればできるじゃないか・・・って、嬉しくなってしまいました。

バカですね、いい歳をして。




それを境に、やっと私は、「断る時は断る人」 になりました(遅あせる


これからは自分がイヤだなと思った感覚、気持ちを大切にする、自分の時間を守る、好きなようにする・・・

という宣言をして守っています。




人生の時間には限りがある。

やりたくないことをやって疲れている場合じゃありませんね。


他人のために余計なエネルギーを使って消耗するのはやめる。

自分の人生を生きる。




「断れない」というお客様のお悩みに、自身のこれまでを思い出してお話しした昨日でした。




a0237268_01294386.jpg

[PR]
by kktreasure | 2017-05-14 20:55 | 心の話 | Comments(0)

a0237268_14110438.jpg


「好き」は良いけど、「嫌い」っていう気持ちはダメ。


そんなふうに思いがちです。


でも、

「嫌い」をちゃんと知っている、というのは、とっても大事なこと

だと思います。




もちろん、誰かに向かって「嫌い」だと言うっていう話ではありません。


自分が自分の「嫌い」をわかっている、ということです。


ジャッジや攻撃のための「嫌い」ではなくて、自分を知るための認識の習慣として、自分の「嫌い」にちゃんと反応できる、ということです。




自分が惹かれるもの、好きなもの、心地よいと感じるもの、お気に入り、愛しいもの・・・、そういうものを笑顔でどんどん挙げられますか?


逆に、イヤだなぁと感じること、嫌いだな、合わないな、と思うもの、自分の領域には不要だとわかるもの・・・、そういうものも、ハッキリわかりますか?




自分の「好き」と「嫌い」を理解している人は、

いわゆる ”好き嫌いの激しい困った人” なんかじゃありません。


そうじゃなくて、幸せな自分を作っていける人で、

他人の「好き」と「嫌い」も、自分のそれと同じように、尊重できる人なんだと思います。




「嫌い」を嫌わない。「嫌い」を自分に禁じない。


ふわふわ、モヤモヤ、いろんなことが定まらず、他人に合わせて漂っちゃってる感じのある人は、ぜひ練習してみてくださいクローバー




a0237268_14111697.jpg

[PR]
by kktreasure | 2017-05-02 11:41 | 心の話 | Comments(0)

男性も女性も、あるいは成人していない子どもだって、みんなが持っている「母性」と「父性」。


「母性」…無条件に受容する、包み込む、守る
「父性」…切り分ける、指し示す、力を添えて動かしてやる


それぞれ、そんな性質です。



成熟していない段階の「母性」は、
過干渉、世話の焼き過ぎ、共依存的に密着する、境界線不明瞭…
べったり甘い感じ
になりますし、

未熟な段階の「父性」は、
一方的、威圧的、権威主義的・・・
ガツンとバッサリと、荒い冷たいもの
として表現されてしまうでしょうが、

いずれにしても、人は、場面に応じ、関わる相手に応じ、
それぞれのレベルの母性、父性を発揮しています。


☆☆☆☆☆


カウンセラーがお客様の相談に乗ろうというときに、まずはベースに持って臨むものは「母性」です。
とにかく無条件に受け止め、受け入れて、寄り添い、理解しようとすることで、面談の目的に近づけていく・・・。


ただ、お客様が変化・変容していく過程で、母性的な関わり
だけでは不十分になってきます。

「父性」をもって、その人にとってのその時の最善を、探り、指し示す。
背中を押したり、半歩先を行き、こっちへ来てみて、と手を引く・・・。
万一勘違いがあれば、その人と他者との間にある「境界」というものを認識してもら・・・。


そうやって、
安心して自己受容を深めていくこと助ける「母性」と、人生哲学を確立しながら他者や世界との関わり方を知ってもらう「父性」の両方を使いながら、支援をしていくんですね。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


子どもが育っていく家庭でも、
両親が揃っていれば二人で(あるいは祖父母など他の大人も一緒に)母性と父性の役割を分担して、
単身で子育てしている人は、独りで母性と父性の両方を発揮して、
子どもの成長を促していきます。



a0237268_09172983.jpg



あなたの育った家には、 成熟した大人の成熟した「母性」「父性」が 十分にありましたか?

あなたご自身とあなたの大切な人の関係においてはどうでしょうか?






[PR]
by kktreasure | 2017-04-23 11:12 | 心の話 | Comments(0)