カテゴリ:子育て( 52 )   

愛息の住む部屋の灯りを見上げて祈る ~綾戸智恵さん『徹子の部屋』~   

2017年 11月 20日

録画で『徹子の部屋』に綾戸智恵さんの出演回を見ました。
番組の途中から、大きくなった息子のイサくんも登場、智恵さんの隣に座りました。


イサくん、10歳の愛らしい少年だった時にやはり『徹子の部屋』で見ましたが、もう27歳になったんだと・・・



イサくんは3年前に難病が発覚して、そのために、学んでいた車の整備のお仕事を断念したんだそうです。


お母さんの智恵さんは、失意のイサくんが心配で、

毎晩、小一時間 電車に乗って、

当時イサくんが住んでいた学校の寮を見に行っていたそうです。



息子の部屋に 電気が点いてるか、洗濯物が何日も干しっぱなしになっていないか、死んでしまわないか・・・


心配で心配で、息子の住む部屋の窓を見上げて祈る気持ち・・・
同じ母親として、智恵さんの気持ちがほんとによくわかり、涙が出ました。



イサくん、いまはコーヒーの焙煎のお仕事をしているんだそうですが、彼が挽いたコーヒーを、徹子さん、とても美味しいといって飲んでらっしゃいました コーヒー




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




先週は、成人した子どものトラブルや辛い状況に胸を痛めるお母さんが、何人かいらっしゃいました。


子どもは何歳になっても、ほんとに可愛くて、

子どもの辛さは自分の辛さですね。


たとえ子どもが不甲斐ない状態でも、大問題起こしても、

世界中の皆が敵に回るようなことになっても、

母だけは、踏ん張って、微笑んで、

それでいいよ、なにがあっても母はここにいるよ、と言ってあげたい、

そういう揺るがぬ温かい母心を、伝えてあげ続けたいと思います、

無条件で、無期限でキラキラ


お母さんは太陽。お母さんは安全基地。

お互い、がんばりましょうね 晴れ



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by kktreasure | 2017-11-20 18:04 | 子育て | Trackback | Comments(0)

それぞれの魂の歌  〜息子 サク、ケアンズへ発つ   

2017年 10月 04日

先週末、息子のサクがオーストラリアのケアンズへ発ちました。


7月にサンフランシスコの語学留学から戻って2ヶ月あまり、
サクはアメリカ生活で心身に起こったこと(感動体験もたくさんあったようですが、心には "嵐" や "地震" も起きました、デリケートな小心者なので、さすがにねイケメン王子 ) を振り返り、
親から金銭的な援助を受けての最後の学びの機会をもらうことにして、今回のオーストラリア行き…となりました。
今回は、ツーリズムやホスピタリティの勉強ができる学校へ通います学校

その後は、海の仕事をするかもしれません(サクはダイビングのインストラクター資格を持っています)、違う仕事をするかもしれません、オーストラリアで働くのか、日本へ戻るのか、はたまた別の国へ行くのか… 未定です。



優秀な宇宙人宇宙人(!)である主人からしたら、「製薬の道をひたすら歩いて来られた幸せな自分」に対して、大学を辞めて以来、もがけどもがけど『これでよし!』の道へ乗れない息子は、苦しいのだろうなぁ、何かしてやれないかなぁとは思うものの、息子は全くの "異種" の人、どうしても理解が難しい、
せめて、狭いところで鬱々としてるより 広い世界を見てきたら? と、再度の留学の機会を改めて用意してやる・・・ということにしたようです。



私は私で この2ヶ月半、帰国中のサクと過ごしながら、改めてたくさんのことを振り返りました。

いちばんは、未熟なお母さんだった自分が、息子という人を見誤って、強引に、良かれと思う方へ誘導し続けてしまったことについてでした。



この2ヶ月半は、サクと話をする時間もたくさん取れましたので、これまでのこと(間違ってたと気づいたこと)を打ち明けて詫びたり、
でも大事なところは損なわれてなどいないし、いい感じの〈土〉の下で、発芽のタイミングを待ってる〈種〉もいっぱいある、母はそれを感じてる、という話をしたり、
これからは伸び伸びと、やりたいようにやって、サクらしい表現をして、別の場所で生まれ育った面白い人とたくさん出会って、人生を満喫してほしい、という話をしました。

そして、
父も母も姉も変人なんだし、どのみち変人、変人でOK
とにかく元気の湧く方、心の踊る方へ、と伝えました流れ星



それから、自分の魂の歌 を思い出してね、自分の歌を歌ってね、という話をしました。

アフリカのあるところに、こんな種族がいるんだそうです。

女性が妊娠すると、村の友人たちと一緒に森で瞑想し、
生まれて来る子どもの歌・・・その子の「魂の歌」を聴く。

そして赤ちゃんが生まれたら、村人はその歌を歌って、祝福をする。

また、その子の人生の節目(学校に入るとき、大人になる儀式のとき、結婚するとき、子どもを持ったとき、そしてこの世を去るとき・・・)には、必ずその歌を歌ってあげる・・・

そんな美しいお話です。
すべての魂には、独自の周波数があり、それが歌となる、と信じられているのだそう。

その話を知ったとき私は、なんて素敵なんだろう、と思いました。
そして、私は生まれてくる我が子に、そういう独自の魂の歌があるということを、わかっていなかったんだな・・・
それを聴こうとすることもせず、知っている良さそうな歌を、教え込んで歌わせようとしてしまったんだな・・・
そう思いました。

せめてこれからは(遅いことなんてない、と信じて)、
この先きっとサクが自力で歌い始める 彼独自の歌 を聴かせてもらうことを楽しみに、
自分のことをしっかりやっていこう、
私自身の魂の歌を歌っていこうと思っています *クローバー




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サクは出発前、老猫のんた(19歳) に 「おい、のんのーーん、帰ってくるまで元気でいるんだぞーflower*
と イイコイイコして別れの挨拶してました。
のんた はこうして、サクに寄り添って寛ぐのが大好きでしたflower*


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by kktreasure | 2017-10-04 11:38 | 子育て | Trackback | Comments(0)

子どもの頃から変わらない   

2017年 08月 23日

お客様と子育ての話をしていて、

「自分と子どもの価値観は違いますね」「思い通りにはいきませんね」という話になりました。


たとえば…と、思い出して、息子を動物園に連れて行った時の話をしました。

親の私は、せっかく来たんだから、ぐるっとぜんぶ見て回ろう、たくさんの動物を見せてやりたい、と思う。

でも息子ときたら、園の入口の道端から動かない。
どうしたのかと見に行ったら、植込みのところに生えたコケが気になったようで、座り込んで観察してる。


 早く行こうよ。

 コケが可愛いよ?

 うん、でもいろいろ見に行こうよ。パンダもいるんだよ?

 うーん待って。ちっちゃいキノコも生えてるよ?


・・・そういうのをイラつかずに尊重できたか(できなかったなぁ…)と、振り返ってお話ししたんですが…




昨晩、スマホに保存された画像を整理してたら、こんな写真を見つけました。


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これは昨年、息子のサクがアメリカへ行く直前に、2人で行った京都での写真なのですが…

下鴨神社に参拝するために糺ノ森を歩いて向かっていたんですが、サクが なかなか来ない。

振り返ったらしゃがみこんでカメラで何かを撮影してたので戻って近づいたら…

「お母さん、キノコが可愛いよ? 苔も綺麗だよ?」



・・・・・・ 真顔



大人になっても幼児の頃と変わらないサクなのでした



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by kktreasure | 2017-08-23 11:45 | 子育て | Trackback | Comments(0)

まずはママが楽になること   

2017年 08月 17日

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Photo by Stephanie Anabelrose



" 行き過ぎた しつけ " 、子どもへの暴言、暴力を止められない。


そういう、若いママが助けを求めてやってきます。



一瞬で爆発的に湧き上がる感情のままに、罵倒したり殴ったりしてしまい、すーっと波が引いて冷静になると、猛烈に後悔する・・・

ときには「こんなママでごめんね」と謝りながら、子供と一緒になって泣いてしまう・・・

子どもに許され(許させて)気持ちが落ち着くと、もう自分はこの子を手放した方がいいんじゃないか、私なんか消えてしまいたい、そんなふうに思う・・・

そんなお話を聞かせてくれます。



あるママは、「泣きたいのはこっちの方、と、幼い子どもと対等な位置にいることに気づいて愕然とする」と言いました。

またあるママは、「(郷家に)促され考えてみて思ったのは、自分は 何かが不安、何かが恐ろしくて、あんなに怒ってしまうんだ、ということです」 と言いました。

みんな、いい加減な気持ちで適当に子供と関わってるわけじゃない、愛情が足りないわけじゃないんです。一生懸命やっている。



ママはとっても苦しいのです。



自分を責めることはないです。
訳あってそうなってるんですから、そこを見ていけばいい。

でも、 「小さな可愛い人」を攻撃するのだけは堪えなくては。

苦しい時点でもう、どんな立派な言い分も、しつけ でも 教育 でもありませんから、
しつけようとか教えようとか、そんなことを頑張らなくていいです。
というか それ、害でしかないです。



とにかく先ずは、ママが楽になることを急がねばなりません。

必要に応じて、お家の中へ風を通さねばなりません。
他人の温かい介入によって助けられることは、たくさんありますから。



ママが楽になるために・・・ですが、

ママの思い込み…"常識"とか"価値観"とかを検証してみるだけで、ふっと気持ちが緩んで事態が好転することもありますし、

もっと深いレベルのところ…ママが小さかった頃に傷ついてしまった部分や 失われたままになっている部分にアプローチして癒していくことが必要になってくることもあります。

いずれにしても、手はある、道はある。
そのことを忘れないでいてほしいと思います。



私は苦しい。 "小さな私" が苦しい。

そこを認めてしまいましょう。
そして、手当ての必要な "小さな私" 一緒に助けましょう。



勇気出して相談しようって考えただけで凄いです。
何が問題なのかわかってない人、どうでもいい人だって、たくさんいますもの。

「まずは自分」と理解することです。
そして、気持ちの受け止め手、共感して支えてくれる人を得ること。
そしたら大丈夫です。



まずはママ、自分が楽になることですよ。

"もっと頑張る" "自分を罰する" のは 違います。



文庫 お母さんはしつけをしないで (草思社文庫)

長谷川博一/草思社

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↑↑

臨床心理士・長谷川博一氏のこの本は、たくさんのママに紹介してきました。

ロングセラー、しつけに悩んでいるママには、目から鱗の名著です。






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by kktreasure | 2017-08-17 11:39 | 子育て | Trackback | Comments(0)

「お母さん、桜に見惚れてオオイヌフグリを踏んでるよ?」と言った息子   

2017年 02月 07日

そろそろ新しい車が納車になる、というので、
掃除を済ませた現車で、市民公園へ行ってみました(駐車場で、現車の姿を写真に収めておこうかと思いまして)。

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オオイヌノフグリが咲いていました。
小さな瑠璃色の愛らしい花をつけますね。



オオイヌノフグリを見て息子のサク(アメリカ留学中)の小さい頃を思い出しました。

サクは、年じゅう足元の小さな動植物や石ころを気にしてる(そして会話をしてるあせる)子だったのですが、タイトルのセリフは、サクが幼稚園児だった頃、この公園の見事な桜を見上げて、その美しさに惚れ惚れしていた私に放った言葉です。

ハッとなって、ああごめんごめん、オオイヌフグリごめんね、と謝って、この子の "小さな友だち" を大事にしないとなぁと思ったものです。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


今、スーパーマーケットに行くと、バレンタインギフトの特設コーナーができていますが、動物をかたどったチョコというのがありますね。

こういうやつです。
↓↓↓
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もう20年以上前になりますが、当時幼稚園児だったサクに買って帰った動物チョコを思い出しました。

動物好きなので喜んでくれるかな、と思った私は浅はかでした。
サクは、しばらく神妙な顔をしてたのですが、その後、「ボク、可哀相で食べられないショック!」と謝ってきたんですよね。青ざめてましたっけ。


成人してからも、こんなお菓子はムリだよといって拒否。
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このCMも、「これ崩して食べるとか、神経が知れん・・・ガーン」と項垂れてました。
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こんな形にした大根おろしも、きっと「クマの形にする必要性を言え」と言いますね。
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☆ ☆ ☆ ☆ ☆


・・・と、そんな "ガラスのハート" の息子ですが、アメリカへ渡って4か月余り、 どんな感じでいるんだろう・・・

南米、中東、アジア、ヨーロッパ・・・、学校のクラスには、ほんとに様々な国からの留学生がいるんだそうです。
ダイナミックな発想と行動をするクラスメイトたちに、いちいち面喰い、衝撃を受けつつも楽しそうにしている様子が、少し前の便りからは感じ取れましたが・・・

彼の繊細さは良さなので大事にしつつ、その上で、いい塩梅に大らかで自由な、彼らしい生き方を発見してくれたらよいんだけれど・・・と思っています 星


オオイヌノフグリと動物チョコで息子を思い出し、アメリカに思いを馳せた母でした ニコニコ






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by kktreasure | 2017-02-07 08:04 | 子育て | Trackback | Comments(0)

純粋無垢な母親を持った娘たち   

2017年 01月 05日

年末年始に、いくつかのテレビ番組の録画で、宇多田ヒカルさんの歌とお話を聴きました。


15歳で鮮烈なデビュー(なんだなんだ?この天才はっ!と驚いたものです)、そして活動休止期間(「人間活動」をしてたとのこと)を経て、再び『花束を君に』など名曲を発表してくれた宇多田さん。


彼女はいわゆる1/fゆらぎの声を持つ人ですが、彼女の歌を聴くと、私は無性に哀しくなります。

心がふるふるふるっと震えてしまいます。




NHKの『SONGS』では、お母さん(藤圭子さん)の死について語っているのを見ました。


亡くなった後しばらくは、全ての事象がお母さんに結びつくことに苦しんだとのことですが、やがて、それは当たり前なんだと受け入れるようになり、自分の子供時代の記憶にない時期のことも、自分が子育てをすることで取り戻していることに気づき・・・ということを話していました。


普段は "個性的で純粋で可愛らしい小柄な女性" であるお母さんが、ひとたびステージに立つと偉大で・・・という話も印象的でした。


昔何かに載っていたインタビュー記事で読んだことがあるのですが、藤圭子さんは、家事とか子育てとか・・・、主婦力、母親力という点では全くダメな人だったとのこと。しかもさいごはあのような形で亡くなったわけです。


そう考えると、宇多田ヒカルさんという娘が 藤圭子さんというお母さんとの関係のなか、母親から受け取ったものは、母親から受け取りたかったものは、どんなものだったんだろうか・・・と想うのでした。


あの切なく震える声はそこから来るんだろうか…とも。




相談室でお聞きしたことのある、何人かの方の「お母さんのお話」を思い出しました。


Aさんのお母さんは 絵を描き始めると寝食を忘れるので、食事は度々ヌキになったそうです。


Bさんのお母さんは 少女のような人で、ときどき放浪の旅に出てしまい、旅先から無邪気に、綺麗な落葉や木の実や貝殻を郵便で送ってきた・・・といいます。


Cさんのお母さんは小説家だったそうですが、ひどい鬱持ちで心臓も悪くて、療養のため山奥の別荘に別居することが多く、しかもあるとき、深い森に入っていき自殺してしまった…ということです。




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彼女たちのお母さんもまた、主婦として、母親としては、十分な務めを果たさなかった人たちかもしれません。


でも、お話を聴くと、本当に純粋無垢で愛らしい人だったことがわかります。


そして、AさんもBさんもCさんも皆、芸術家だったり、センスを生かしてクリエイターとして活躍している、そして浮世離れした美しさをもっている、という共通点があるのです。


そういうお母さんと、そういう娘の組み合わせ。


これは、そんなお母さんに緩く(?)自由に(?)育てられたからクリエイティビティが発達した、とも言えるでしょうが、そんな 軽やかで透明で美しい波動をした魂の人だから、そういうお母さんのところに娘として生まれてきた(ちゃんと母親を選んでる)とも言える気がします。




彼女たちは寂しかったり不安だったりしたでしょう。


でもその「震え」は、後にちゃんと表現されて、たくさんの人の心に届いている。感動させている。


母と娘、それぞれ納得の組み合わせ、納得の伝承、そう思います。




宇多田ヒカルさんの『花束を君に』にある歌詞、


「抱きしめてよ、たった一度 さよならの前に」


は、抱きしめられ足りなかった子どもが控えめに絞り出した言葉のようで 堪らないですけれど、その哀切極まる慕情の持つ波動が、私たちを揺らすんだろうなぁと思います 宝石ブルー


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by kktreasure | 2017-01-05 08:18 | 子育て | Trackback | Comments(0)

育児日記を発掘して、新米ママだった私と対面しました   

2016年 10月 26日

息子がアメリカに発ち、一段とスッキリしたい衝動に駆られた私は、いつにない規模の断捨離プロジェクトに取り掛かっています。

先ずは書籍、書類…ということで始めたのですが、のっけから作業が止まってしまいました。

書棚の奥に子ども二人の育児日記を発見して、やめればいいのに読み始めてしまったからです。


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私はもともと几帳面で記録魔ではあるのですが、子どもを授かってからはもうほんとにバカみたいに細かく、様々な記録をつけ続けました。

ちゃんと育てたかったんでしょう。

自分がどう育てられたかについて、反発とか哀しみとかありましたから、母の子育てを反面教師に、なんて気合いを入れてたかな。



肉体の成長の様子。体重、飲んだミルクの量、排泄、睡眠。話すようになった言葉。情緒の発達。。。

苦だったことはなく、とっても楽しかった。
なんて可愛いんだろう、面白いな、ありがたいな・・・、そんな気持ちでしたね。



でも未熟なお母さんですから、いま思えばなんともないことを気にしたり悩んだりもしていました。


これでいいんだろうか・・・

だいじょうぶかなぁ・・・


いっぱい心配しちゃったし、要らんこともいっぱいしてしまった。

もっと大らかで優しいお母さんでいたかったな、っていう反省がたくさんあります。

だけどショウコもサクも、ちゃんと成人してくれました、それぞれ強烈な個性を持った、元気な人に(笑)



今夏の私の誕生日にはショウコから、プレゼントに添えて嬉しいメッセージを貰ったんですね。宝物です。

サクからも、先日の「アメリカ出発記念京都ふたり旅」の途中、こんなことを言われました。

「俺、お母さんの息子に生まれてきて、よかったよ」

照れもせず、けろっと、真顔で。(あれはなんだったんだろう……笑)

思わず「ああ、もう今回の人生、これでお終いでいいなぁ」って思ってしまうくらい嬉しかった 「二人の子どもからの言葉 2016」 でした。



緊張しながら不安いっぱいで子育て日記書いてた自分に、会いに行って教えてやりたい。

だいじょうぶだよ、いい子に育つよ。
だから、ゆるめろ、手を抜け、すっとぼけろ。



相談に来てくださる若いママたちには、そんな私から、出来る話をさせてもらいましょうね 晴れ



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by kktreasure | 2016-10-26 08:07 | 子育て | Trackback | Comments(0)

息子、アメリカ留学に出発   

2016年 10月 11日

息子のサク、サンフランシスコへ発ちました。

1年間の語学留学がとりあえずの目的ですが、その後もし、その気になったら大学へ進んでくれてOK、と主人に言われ、出ていきました。



24歳、 "いい大人" 。

普通だったら何も心配なく「はい、どうぞお好きに」という話なんでしょうが、
サクの場合、私みたいな母親との因果な組み合わせもありましたし(私は子どもたちから、マレフィセントとかアースラとかドーラとか湯婆婆とか言って からかわれていました。下の画像をご参照ください。相当怖かったんでしょうねあせる
未熟で超繊細な「ガラスのハート」の持ち主ですから、今回のことはすごく大きなチャレンジだったと思います。

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またサクは、4年前には、アメリカ留学をドタキャンして暫く引きこもった、という実績を持っていますし、その後何度も仕事を変わり、やっぱりうまくいかず、歩く道を見いだせない己にイラつき、長らく「健やかなメンタル」とは言えない状態で来ましたので、

今回は自分から願って申し出たことではありましたが、とにかく「今度は本当に行くんだろうか」「成田から飛行機に乗るまで、信じられないなぁ」と思って見守ってきました。



ですから私、昨日は、

無事に着いた、元気だ、というメール(サンフランシスコの街並み画像つき)を受け取った後は、

安堵感に加えてものすごい疲労が上がってきて、ほえーーーっとなりました。

ちょっとベッドに腰掛けたら それきり全く動けなくなってしまい、、
どんだけ疲れていたんだろう私・・・と思って、ひとりクスッと笑ってしまった。



お勉強(座学)は「どうにも嫌い」だそうなので、そういう点ではあまり期待はしないことにしていますが、どこへ行っても褒めら好かれる いい笑顔 と 気立ての良さ、そして今回ばかりは奮い立たせているはずの勇気とで、どうか、まずは1年間、頑張ってみてほしいと思います。



母と息子、

時間がかかってしまいましたが距離の力を借りて、

やっと「コンビ解消」です。



何はともあれ、異質なものにたくさん出会って、「地球は広いんだなぁ」の実感をしてきてほしい。

そして願わくは、「自分を生かす場所」へ向かうその第一歩にしてほしい。

そう思う母なのでした 晴れ


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by kktreasure | 2016-10-11 08:22 | 子育て | Trackback | Comments(0)

終電を逃してまで話を聴く息子。息子を信じられなかったことを反省した私。   

2016年 09月 20日

息子のサク(24歳)が

「友だちに会ってくる。『アメリカ行くならその前に会いたい、驕るから飲みに行こう』って誘われた」

と言いに来ました。



「友だち? どなた?」と聞くと、

「お母さん知らない人。昔、音ゲーやってた頃に知り合った人で、3つ年上の人」



・・・!!! 音ゲー???


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サクの「ゲーセン依存問題」では、この10年、ほんとにいろいろとありました。

私は、もう勘弁してくれ(涙)という思いで疲れ果てていましたから、「ゲーセンの友だち」と言われただけで、動悸と眩暈をおぼえるようでした。

顔には出さず「はい、行ってらっしゃい」と送りましたが、内心は

「これから留学するってときに、どうしてゲーセン仲間なんかとむかっ?」

とムカッとしてしまいました。



そして・・・



気づけば、もうじき終電、という時間。

帰ってこないんだろうか、と思い LINEで尋ねてみましたが、ずっと未読。

やっと返事が来たと思ったら「まだ飲んでる。帰れない」のひと言・・・


「はぁ・・・。久々(ゲーセン)行きますか?とかいうことになったのかも。そうに違いない。ああ、やだやだむっ」と、膨らむ妄想でモヤついてしまう心を静めながら床に就きました。



★ ★ ★ ★ ★ ★



そして 翌日、帰宅後。

サクは、その友だちのことと、その友だちがその晩 サクに打ち明けてきたという話を聞かせてくれました。

その友だちとサクは、サシで飲むのはその日が初めてだったんだそうですが、
彼は、早くに両親を亡くした話や、気持ちが荒んでいた頃の話、働きながらお金を貯め受験勉強をして大学へ入った話、今春卒業して就職するも、うまくいかずに辞めてしまい、今はアルバイト生活をしている話などを、たくさん語ってくれた、とのこと。


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そして

「こんなに喋るつもりなかった。ごめんなさい。生まれて初めて自分のことを、友だち・・・しかも年下の人に話してしまった。我ながら驚いてる。でもなんだか凄く癒された。嬉しかった。ありがとう」

そうサクに言ったとか。

(そうか、そういうことがあったのか・・・)



サクが私に

「俺、なぜか『誰にも話したことない話』を聞かせてもらうことになるんだよな・・・」

と言うので、私は

「サクは静かに優しく受け止めるからだよ、きっと。この人わかってくれそうだな、って思うから話すんだよね。いいところだよ」

と言いました。



私は初め「音ゲー仲間」と聞いて反射的に嫌悪感を抱いてしまったわけですが、でもその夜の サシ飲み話 を聞かせてもらううちに、

話を遮れず、終電逃すことになっても、彼の話をじっくり聴こうと思ったサクの姿が目に浮かび、
その友だちが、聞き上手のサクに生まれて初めて自分の身の上を語ってしまったというのもよくわかり、
二人にとって 意味のある 忘れられない時間になったかもしれないなぁ

そう思えたのでした。



そして、「ゲーセン仲間=排除したい敵」みたいに思ってしまった自分が恥ずかしくなりました。


ああ、私って母親は・・・しょぼん



★ ★ ★ ★ ★ ★



息子のサクは、小さい頃は 俊敏、活発、とにかくよく動く元気な子どもでしたが、大きくなるにつれ、繊細さ、小心さ、感情的に不安定なところを見せるようになり、その傷つきやすさには、母として戸惑うことが増えました。

自分でも「豆腐メンタル」と自嘲的に言います。

でも、本当に本当に、気持ちが優しいです。
迷惑かけられても酷い目に遭っても、誰かや何かを悪く思わないようです。「そっかあ・・・仕方ないよね、頑張れよ」みたいに許します。

人がよすぎるだろ、と思うこともしばしば。

意地悪さ、ゼロ%。



そんなサクですが、来月からアメリカへ留学することを決めていて、いま準備中です。

これまでを振り返ると、受験して入った中学を辞め、大学を辞め、仕事を幾つも辞め・・・という挫折続きで、長らく閉塞感に苦しんでいましたので、一年でも海外へ出て行くのは とてもよいことだろうと、母としても喜んでいるところでした。



★ ★ ★ ★ ★ ★



その友だちには、「いろいろと見聞きしてきたこと、体験したことを、帰国したら話を聴かせてね」と言われたとのこと。

激励が嬉しかった、しっかりやって来なくちゃと思った、とのこと。

よかったね。

アメリカ、元気に行ってきて、土産話を持って会いに行って、またゆっくり飲んだら?と言いました🍀


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以上、猛烈に反省し、ちょっとだけ成長できた気がした 母あかり、でした<(_ _)>あせる




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by kktreasure | 2016-09-20 08:17 | 子育て | Trackback | Comments(0)

その「幸せ」は「自分に想像できる限界」であるだけかも   

2016年 09月 02日


十代後半や成人後のお子さんの進路についてのご相談を受けていると、
我が身に照らし身につまされながらも、
「それは やりすぎ、過保護がすぎるなぁ」と思うことがあります。



朝ドラ『とと姉ちゃん』にこんなシーンがありました。
主人公・常子の妹、次女の鞠子が結婚した夜、常子のとその母親が語り合う場面です。


常子が母親に

「かか(お母さん)もやはり、私に結婚してほしいですか?」

「私が結婚して巣立っていくのを見届けるまで、安心できませんか?」




それに対して、母親はこう言いました。

「私たちの世代は、そう思う人がほとんどでしょうね。

私もできれば、あなたも美子(三女)も、素敵な方と出会って幸せに暮らしてほしいとは思ってるわ。

でもね、それは、その方が安心だからということじゃなくて、
それは、私に想像できる限界 だからかも。

あなたを見ていると、幸せの形はひとつではないのかな、と思うわ。

結婚しなくても、あなたは十分に一人前です。それは確かよ。」





母親は常子に、自分の結婚してほしいという願いは、それが、自分が想像できる幸せというものの「限界」だからだ、と言っているんですね。

でも、出版社を興して奮闘する娘を見て、それもひとつの幸せの形なんだと思う、と言って、娘を尊重している・・・

素敵なシーンだったので、メモを残してありました。



私たち親というのは、"自分が想像できる限界のこと" を、それが正解のように伝えます。ときに強要します。

もちろん、良かれと思って。幸せを願って。

でもそれは、正解のひとつであるに過ぎないかもしれないし、正解でも真実でもないこともあるでしょう。「自分の知っている幸せの限界」であるだけで。



そのことを認められるようでありたいな、と思います。

そして、いい歳に育った自分の子どもの選んだ道に立って行く手を塞いで、思惑どおりの道へ誘導しようとするのは、いい加減やめなきゃいけないな、と思います。

子どもたちは、我々の知らない考えとやり方で、我々の知らない時代を生きていく人たちです。

埃だらけの古い巻物みたいなものを「これを大事に持っていけ」と押し付けてはいけない。

いつの時代も変わらぬ 親ごころ ではありますが。。。


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by kktreasure | 2016-09-02 08:15 | 子育て | Trackback | Comments(0)