カテゴリ:スピリチュアル( 52 )

「こんな家に好きで生まれたんじゃねえよ!」とか

「産んでくれって頼んだ覚えはない!」とかいうセリフがありますね。


これ、思春期に威勢よく(売りことば買いことば的に)言ってるのは別にいいんですけど、

そういう意識は大人になったら改めた方が断然いい。そう思います。




以前も書いたことがありますが、私は小さい頃、辛すぎて寂しすぎて、『みにくいアヒルの子』のお話を心の支えにしていました。


「この(アヒルの)群れが自分にはどうにも馴染まないのは、きっと自分が他の生き物(白鳥)だからに違いない。大きくなったら何処か違う場所へ移って行って、自分と解り合える友だちと出会って楽しく生きるんだ」


というふうに。


だけどその頃はまだ、「全部自分が用意した設定だ」なんていうふうに考えてみることはできませんでした。




でも今は違います。


「自分は、(忘れてるけど)何かを体験しよう、こんな人生を生きてみよう、という計画があって、地球に生まれてくることを強く望んだんだ。

この、地球生活/地球旅行のスタート地点には、なかなか困難が多かったけど、それも自分の予定、計画に必要な体験だったんだ。

誰かが自分に酷いことをしたとしても、環境が子供の健やかな生活にふさわしいものとは言えなかったとしても、被害者ぶってちゃいけない。

なんたって、自分が選択した(宇宙に協力してもらって成した)初期設定なんだから」


そんなふうに思っています。




ずっと辛かった、今も辛いという人は、なかなかそんなふうに思えないよ、と言われるでしょうが、

もし、そんなふうに考えることができ受け入れることができて、そして人生の構えを定めることができたら、

嘆いたり、誰か(誰かには自分も含まれますね)を責めたりするのは違うってわかりますから、

そういう心の活動に消費していたエネルギーを、別の、幸せだな、生まれてこられてよかったな、と感じられる活動へ回せるようになります。




初期設定も、そう。

行く道に待ち受けている問題の数々も、そう。

全部自分の選択。全部自分の意思。


そう信じてみること、お勧めします。

それを信じて毎日を歩いて行くと、必ず「ああ、ほんとにそうだった」と身に沁みて、感謝に満たされる日が来る、そしてそれはまた「次」につながっていく、と思うからです 星





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by kktreasure | 2017-02-16 08:24 | スピリチュアル | Comments(0)

「自分に自信がない」という方、「自分には価値があるとは思えない」という方はとても多いです。


相談室でお聞きする "いま起きている問題、お悩み" の多くも、根っこにはそれがあります。




それは、大人になって何かの出来事が原因でそうなるのではなく、子どもの頃に思わされ信じてしまっているものなのですが、人はその後も、その思考、信念を せっせと育て、強化してしまう・・・ということをやります。


そしてそうすることによって、さらに苦しくなる、さらに不安になる・・・・・・


そうなると人は、そのつらさから逃れるために、あらゆる手を使って頑張ります。

たとえば、お金を稼ぐ、人の上に立つための "何か" を得る、自分が特別に目立ち称賛されるような「場」を探す、自分を必要としてくれる "誰か" にしがみつく、などなどなど・・・・・・




そういうことのひとつとして、 "スピリチュアルな何か" で自分を満たす、というのがあります。


霊的な分野のトレーニング、修行をすることで得られるもの(普通の人には見えないものを見るとか、普通の人が体験していない超常体験をするなどの力・・)を手にすれば、自信のない自分、価値のない自分から脱却できると考えるんですね。




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でも・・・・・・、それ、違いますよね。

そっちの能力開発を進めたところで根源のところは変化しませんから。




私も何人かは、精神性、霊性の高さを感じさせるサイキックを知っています。

ああ、こんな悟りの境地に辿り着けるものなんだなぁ・・・という穏やかで確かな輝きを持っている人。


でもほんとにそういう人は稀、と思います。


たとえヒーリングできたり、霊視できたり、それでプロとして活動していて、「先生」「師匠」と もてはやされていたり、その能力で大きなお金を得て "成功" していたとしても、

心の中が、不安や焦りでいっぱいだったり、どうしようもない孤独に苦しんでいる、という人は結構多いです。

他人との比較・・・優劣、勝ち負けの土俵でしか生きていない、 "ハートは怯えた子ども" の先生を、何人も知っています。


そういう人に限って 「私はあなたたちとは違う(先を行く)人間です」 ということにしていたりしますが(本気でそう思いこんでいるかも・・・)、

「逃げ上手」「ごまかし上手」なばっかりに こじらせてしまっていて、 普通の人より大変、と言えるかもしれません。




ほんとの平安を得たい、心底幸せを感じられるようになりたい、ということであれば、霊能力向上の方へ向かうのは置いておいて、ちゃんと、「自信がない、価値がない」と思っているところに向き合った方がいいんじゃないかな、と思います。


※そういう能力を否定するものではありません。ただ、それは、もともと持って生まれている(それを使って生きていくことになっている)ものであるか、真面目に人間生活を送って浄化されていく上で自然と高まり、結果 自分の歩みを支えるものなんだと思います。 必死になって身につけようとしたり、"別の世界" へ行くことで諸々解決☆とするのはどうだろう・・・ということです。




わかったフリをしちゃいけない。

わかったことにしちゃいけない。

逃げずごまかさず、向き合うしかない。

自分の心に痛みがあるなら、それはちゃんと見て、温かい光を当てていくのが、本当で、確実。


私はそう思っています。




(スピリチュアルな学びを続けてみた、時間もお金もたくさん使ってきたのに一向に楽にならない、というご相談を幾つかいただいたので、書いてみました。)



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by kktreasure | 2017-02-10 08:12 | スピリチュアル | Comments(0)

こうだったらいいな、これが欲しいな、こんなふうになりたいな・・・という「夢」

夢を叶えるにはコツがあります。


人って不思議なもので、夢を しっかり 描けると、身体が自然に動いてそれを実現してくれるんです。


「 "しっかり描く " ってなに??」 と思われたでしょうか・・・




よく「願い事の叶え方」が紹介されていますが、夢を叶えたかったら、細部まで具体的に、鮮明に、楽しい気持ちで描く、というのが大事です。


これは、練習を続け、コツを掴めばほんとに上達します( 詳しく知りたい方はセッションの時にお尋ねください☆)。




昨日お客様と話をしたのですが、「叶わない夢」について、ちょっと書いておきます。



まず、ぼんやりとした抽象的な夢 では無理です(「ステキな人と結婚する」とか・・・)

言葉でしか説明できないもの も無理ですね(「東大に入る」など)。


望むものをハッキリとイメージしたら、それに集中してピントを合わせ、解像度を上げる・・・という感じが、とっても大事なのです。



それから、「悲壮な決意に基づいた夢の実現を必死に念じるあせる」というのでは難しいかな。

動機と気分は大事なんです。



そして、「〇〇みたいになりたくない」などと、否定形で夢(望み)を言葉にしても、それは叶わないです。


たとえば「こんな女性になりたい」と楽しく具体的に なりたい女性を描けばいいですが、そこに「母親みたいになりたくない」という否定形の望みが入ってくると、それは、"描けていないことと一緒" どころか、身体は「母親」を意識(イメージ)してしまうから、"そっち" へ行ってしまうかも。


「こうなったらマズいな汗」と繰り返し思っていると、なぜかそのマズいことが現実になっちゃうことって、誰もが経験して知っていると思います。


「宇宙に上手にオーダーする」 という言い方がありますが、宇宙/神様 は 否定形を理解しない、と心得ることです。


自分の望む姿をハッキリ掴み、細部までイメージできるとき、そこにワクワクがあるとき、夢は叶うんですね。



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そして最後に。。


その一つの夢が実現(達成)できたとしても、それは通過点です。

夢は人生の目的に向かう「一里塚」とお考え下さい。


叶う/叶わないに囚われず、自由に楽しく夢を見続けること、「夢を渡り歩けること」こそが、あなたの「道」になってく、人生を創っていくことになるんですね クローバー




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by kktreasure | 2017-01-23 08:15 | スピリチュアル | Comments(0)

何日か前の朝日新聞「天声人語」に、

「今日はついてる」というときの 「ついてる」 ・・・ " つき " という言葉の源流は、異界の霊などが人に「憑く」ことにある、と民俗学者の小松和彦さんから教わった、という話が載っていました。


「そうだったのか!初めて知った」 と一瞬思って、すぐに

「いや、ツイてるときは憑いてるとき だ、っていうこと、なんとなく分かってたかも、私」 と思いました。



混んでる駐車場で、ポコッと一箇所、空きを見つけた!

・・・というときは、なぜか (ちょっぴり自分の意思に反して)その場所へ向かって車を進めたときだし、


もうダメだ、遅刻する!というときに、運よくタクシーが来て乗れて、しかも信号に一つもひっかからなかったおかげで、諦めていた電車に乗れて間に合った!

・・・というときは、なぜか いつも歩くAルートでなくBルートを選んだときだし。


先日娘と観に行った『ミス・サイゴン』のチケット。

あれは娘がある晩、ベトナム料理屋さんから「ミス・サイゴン、いま帝劇で上演中だった。知らなかった、残念」というLINEをしてきてくれて公演を知ったのですが、サイトを見にいくも、市村正親さんの出る回はもう売り切れていて、がっかりした瞬間、オークションを閃いたんですね。


なぜか モーレツに急かされてる気がしてヤフオクを見に行ったら、信じがたい良席(前から二列目のど真ん中に2席並びで)が出品されていて、しかも、さほど高額ではなかったのに他に入札者が現れず、すんなり落札できてしまったのです。そんな席は、その後二度と出品されていませんでした。


そういうときって、なぜか 駆り立てられるようにして、または 何か に連れて行かれるようにして動いて(動かされて)、結果、幸運に恵まれるのですが、私、幸運ってそういうふうに起こるって知ってたかも・・・と。



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うーん、ツイてる☆、というときってやっぱり、何かが " 憑いて " 助けてくれたり粋な計らいをしてくれたりしているんですね。私は信じます。


なぜかわからないけど降りてきた直感、閃きには、決して疑わず逆らわず、直ぐに動く。

幸運に恵まれたら、" 憑いて "導いてくれた存在に感謝する。


これ、「ツイてる、のコツ」です、きっと クローバー






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by kktreasure | 2016-12-04 09:22 | スピリチュアル | Comments(0)

もともとは人づきあいが良く、友人も多いというDさん(20代女性)。

近頃、誘われて参加する飲み会や行楽の場が辛い、とおっしゃいます。
そこで繰り広げられる話(「正直、"愚にもつかない話" というやつです」とのこと)が、どうにもこうにも苦痛でならくなってしまったのだそうです。

ご本人は「楽しめない状態」「ノれない自分」を問題だ、と言うのですが、私から見ると、何ら問題はない。

ただ、"違ってきちゃった" だけ。



何かを紛らわすようにしてお酒を飲んで騒ぐ・・・みたいな人たちの集いが、もしも楽しくて居心地が良いというなら、自分もそういう波動(=楽しげに騒いでいても、じつは低く重いエネルギーです)をしている、それに合っている、ということです。

おそらく自分も、大事なことを見れずにいるし、その(うっすら感じてるかもしれない)気持ち悪さを紛らわすために「うぇ〜い♪ビールワインお酒」が必要なんでしょう。



そうではなく、そういう集まり、そういう場が居心地悪く苦痛になってきた、というなら、自分のエネルギーが変わってきている、ということなんですよね。



そういう時って、それまで出会ったことのないタイプの人や、慣れ親しんできたものとは違うムードの場に出会ったりします。なぜだか、ね。

そこで
「あ、自分はこっちが心地いい」
「ここに集っている人たちは素敵だ。憧れる。尊敬できる」
そう思えたなら、
自分もその人たちと同じ方向へ進んでいきたい、この人たちとは仲間かも、と、深いところでは思っているはずで、そちらと一緒にいることを選べばいいんだと思います。たとえ現時点ではその人たちが自分より随分と先を行っているように思えたとしても。



人は、異なる波動の人とは一緒にいられないのが本当です。

居心地の良さ。居心地の悪さ。

自分の感覚を大切に、自分の居場所を選んでいきましょうね。

限りある人生の貴重な「時間」ですもの、我慢してつきあってる場合じゃないです 砂時計


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by kktreasure | 2016-10-05 20:15 | スピリチュアル | Comments(0)


なぜこんなことが起きてしまったんだろう、

どうしてこんな目にばかり遭うんだろう、

悲しい、悔しい、腹立たしい、嘆かわしい、恨めしい・・・



そんなふうに思う出来事というのは誰にでもあると思います。

でも、出来事だけを見て処理していても、あるいは、その時は上手にやり過ごしたつもりでも、キリがない、変わらない・・・と感じることはないでしょうか?



★ ★ ★ ★ ★




以前、相談室にこういう方が見えました。

「他人に対して ものを言えない(言えなさすぎる)のが悩み。いつも被害者のままで終わる」とおっしゃるのですが、お話を伺っていたら、喉の部分に「辛辣な言葉で人を傷つけていた呪術師の過去世」のエネルギーが張り付いているのが視えたのですね。

いろいろ失って孤独な晩年を過ごし、悲惨な亡くなり方をしているようでした(処刑されたよう)。

それで、今度の人生では人にズバズバものを言って敵を作るのはもう絶対やめよう、皆と仲良くしよう、と決意して生まれてきたのですが、とにかく、口で表現することへの恐れが強過ぎて、つい、押し黙る方法を取ってしまうために、「言いたいことが何も言えない」ということになってしまっているようでした。

でも、今世の目的は意外にも「声で人を癒すこと」と私には読めましたので、お伝えしてみました。

「なんとなく腑に落ちました」と言って帰られたその方はその後、司会者やナレーションのお仕事と電話相談員のお仕事を始められました。持ち前の優しい声を生かし、今もご活躍中です。




私の知人には、

長い不倫関係を経て ある男性と一緒になるも、その男性がやっていた会社の負債を共に抱えることになり、一時は相当苦労しましたが無事に清算をし、その後は生き方を変え、ある非営利の団体を作り慈善事業に精を出している・・・

という女性がいます。

その女性とパートナーの男性は、過去世で夫婦だったときにやっていた "アコギな商売" で、たくさんの人に悪いことをした、次回の人生では償いをしたい、癒され赦されたと感じられる活動がしたい・・・という思いを残していたようです。




いずれも、いろいろな困難はあったものの課題に向き合ってこなし(カルマの解消、という言い方もできますね)、その後、ご自分の魂レベルでの今生の目的に向かって進んだ人たちです。




★ ★ ★ ★ ★




人はこの世に、癒したい感情 や、体験したい何か(もの)、創造したい何か を持って、生まれてくると思います。


生まれてくるにあたって、「高次の(魂レベルの)目的」として、「体験することを決めているもの」が、じつはあると思うのですね。

何かを見聞きして存分に味わいたい、とか、何かを創造したい、とか、この傷を癒したい、とか・・・



人それぞれに、生まれてくる目的があり、意思がある・・・

気づいている人も気づいていない人もいると思いますし、「人生の長さ」や「起こった出来事」ベースでは、幸せだったとは言えない、ということもあるでしょうが。



人に裏切られたとか、大事な何か/誰かを失ったとか、大きな病気をしたとか、繰り返し事故に遭うとか・・・、いろいろあると思いますが、「困難な出来事」というのは、その「目的」を果たすために、自らが用意した課題のはずだと思うのです。

だから、辛いことばかりだなぁと思う時には、その現実に対応しながらも、引いた、高いところからの視点をもって眺めてみてほしい、しっかり受けて立ってほしいと思います。飲み込まれてしまうことなく。



後手後手の対応だけ辛うじてして、逃げ回っている・・・ということでは仕方がないですからね。
課題であるなら、自主的に、積極的に、取り組んでいきましょう。

某企業のCMで「結果にコミットする」と言っていますが、「人生にコミットする」ですね。



そうすればきっと、今回の人生の「高次の(魂の)目的」というのが明らかになり、新しい境地を知ることになるでしょう。

そうやって、現ステージ クリア! 次のステージへ☆ という体験をしながら成長して、少しずつ魂を磨いていくのだと思います 宝石紫


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by kktreasure | 2016-09-23 11:48 | スピリチュアル | Comments(0)

息子サクが 映画『君の名は。』 を観てきてから、「組紐がなぜか気になる」と言います。

主人公の女の子・三葉は、代々神社に仕える家の娘ですが、巫女として、儀式に用いる組紐を作っています。
作品の中で組紐を編んでいくシーンを見て以来、サクは
「どういうわけか組紐が気になって仕方ないんだよなぁ・・・。なんか懐かしいっていうか・・・」
と言うんですね。

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「そういえばサクは、中学校のとき林間学校の授業で作ったと言って持って帰ってきた『編み籠』、なぜかすごく上手だったね」

「もっと小さい頃、母さんが刺繍に使うために置いておいた糸を、勝手に組み合わせてねじねじ上手に編んでしまったことがあるよ」

「こりゃあ、前世で “編んでた” ね!」

と私が言うと、サクも

「間違いない。アミビトしてたんだな」と同意して笑いました。



そういえば私は、以前 チベット仏教の巡礼を扱った舞台を観に行ったとき、巡礼者役の人が聖地を目指して進んでいく動作を見て、ぎょっとしてしまったことがあります。

それは、後で調べたら「五体投地」という礼拝方法だったのですが、そのポーズと動きを私、小さい頃、ひとり遊びの中で繰り返しやっていて、親から「なんなの?その奇妙な動きは・・・」と不審がられていたのです。
すっかり忘れていましたが、その舞台で見た時に「ああああっ!! これだったのかっ!!」と(笑)



私の友人は、あるエジプト関連の展覧会に行ったとき、展示されていたヒエログリフを “なぜか” 読めてしまう自分に気づいて動揺し、一緒にいた私の腕を掴んで「どうしよう、あかりちゃん、スラスラ読めちゃうんだけど・・・」と小声で打ち明けてくるので、可笑しくて吹いてしまった・・・ということがありましたっけ。



別の人生から来る記憶が、何かの刺激で浮上することって、ありますね。
それとわからないことも多いでしょうが。

思い出画像がキラリと光ったり、身体が憶えていたり・・・


そうして喚起される “何か” にしばし浸ってみるのって、ちょっと楽しい 虹



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by kktreasure | 2016-09-14 08:30 | スピリチュアル | Comments(0)


半年ほど会わずにいた友人が、

「うつ病 かも。じつは長らく外に出ていない。ひきこもってる。誰にも会いたくないけど、あかりちゃんにだけは会える気がする」


というメールをくれたので、「なんと!」と驚き、駆け付けました。



その友だち・Kは、10年ほど前に不幸な形でご主人を亡くしています。それ以来 息子(社会人)と二人暮らしですが、あまり調子の良い時はありませんでした。

でも、うつ とは・・・。

ほんと??



会ってみると、確かに生命エネルギーが枯渇気味?という感じではあったのですが、

うつ病 というほどじゃないと思いました。

「”詰まり” を取って流せばイケるかも、うまく動かせば まだなんとなかなりそう」と。



・・・にしても、久々に訪ねたKの家・・・、酷い状態でした。

空気が澱んでいて、特に ゆか近く、膝下に漂う「気」は、色で言ったら苔色と赤茶色のマーブルという感じ。一歩一歩が泥水の中を歩くよう・・・、すごく重い。

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このお部屋じゃダメだ・・・誰だって具合悪くなる・・・ショック!




ということで私は急遽 "こんまり先生" になることにしましたビックリマーク




まず、眠っている物たちを起こしてみました。

蘇ってくれたものは適切な場所へ移し、
瀕死の物や、もはや死んでる物(金輪際使わないと判る物とか、破損などがあって「これ、良くないなぁ」と感じた物とか)には、Kにジャッジしてもらい、これまでありがとう、と感謝の上、処分していきました。さよなら。

鬼サトヤ(!)は、Kの「とりあえず捨てずに置いとこうかな・・・」は許しませんでした(笑)


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かなりの物を処分することになったのですが、それだけで、部屋の「気」 はちゃんと流れ出し、整い、

そして、それを感じたKも、たちまちエネルギーが明るく軽くなりましたアップ



それから、綺麗に掃除をして、最後に、空気を清浄に保ってくれる 観葉植物 を何鉢か買ってきて置きました。


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もともとあった植物は一つ残らず枯れていたのですが、枯れたものをずーっと放置・・・はダメですね。



あ、観葉植物はその家の人のネガティブな気を吸います。

いるでしょう? 手入れは間違えてないはずなのに、なんだか植物をすぐに枯らす人。

そういう人は、放ってるんですね、ネガティブエネルギーを。

植物はそれを吸ってくれ、枯れていくんです 天使

けなげですね。申し訳ないですね。



なんとなく調子が悪くて活動が鈍って、部屋が散らかって、物も重いものを吸って空気が澱み、それがまた家人のエネルギーを奪って停滞させ・・・の悪循環で、気づいたら「あれ?どうしよう、動けない」という状態に陥ってしまうこと、結構あります。

「うつ です」という人は、住まいがカオスを極めていたりします 叫び

「これはキツいなぁ・・・、この部屋では元気でいろと言われても無理だ」という部屋になってること、多いです(←これ、ベビーシッター時代に、うつっぽいと言うお客さんの家で、よく経験しました)。



エネルギー循環って、ほんとに大事です。肉体はもちろん、家も。

調子が悪い時は、自分の体、自分の住まいのエネルギーの滞り、詰まりを、チェックしてみてください。



Kにはたいそう感謝されましたが、Kが生気を取り戻してくれて嬉しかったです。

3日経ちますが、Kは「なぜか体が軽いし気分が明るい。動けている♪」とのこと。

外へ出る気になったそうなので、今度、久々に飲みに行くことにしました。Kも私も酒呑みです(^-^)


※これは、Kという親しい友人の、今回はこれでイケました、という話です。


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by kktreasure | 2016-08-24 11:55 | スピリチュアル | Comments(0)

人それぞれに、エネルギーの表現スタイルというのがあります。


【タイプA】・・・エネルギーを集中させてガーッと使うタイプの人。

このタイプの人は、競争が好き。前へ、上へ、という状況でイキイキします。目標やノルマも苦ではない。視野は狭いか、あえて狭め、極めていきます。それが楽しいんですね。


【タイプB】・・・受けとめ型の人。

このタイプの人は、他者を受けとめて応じるというパターンで動きます。だから相手の出方次第、ということになります。
“相手あっての能力発揮” になるわけなので、とかく振り回され、目標を見失い、さまよいがちになります。



相談室でお会いするのは、圧倒的に後者、タイプB の人たちです。

「主体性」とか「積極性」とか「勝て!」とか言われると、苦手だなぁ・・・と思う人。

周囲に翻弄され疲れて・・・

「ああ、わたしは一体なにをやっているんだろう・・・」

って溜め息が出ます。



でも、このタイプの人は、他人の発するエネルギーを上手に吸収しますから、居るだけで人を癒したり場を和ませたりします。いろいろなことに気づくので、接客業などは向いていますね。受け止め上手ですから感じがいい。

せかせかさせられたり攻めていけと言われたりすると辛いと思いますが、マイペースを許される場所では、のんびりと、いい味を出します。



A、B いずれのパターンも、それぞれに、良さがあります。
これは生まれながらのもので、きほん一生変わりません。

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タイプBは、タイプA(目立つ、勝つ、称賛される・・)に憧れるかもしれないけど、タイプBの人が、その良さを殺してタイプAになろうと努力しても、きっとうまくいかないし、もったいないです。

もちろん生きていれば何かの事情で、タイプAの人なら難なくやれることを やる羽目になることもあるかもしれません。

その時は一生懸命やりましょう。人生に無駄なことなし。
でも、頑張った後は、自分に合ったポジションに、さっさと戻りましょう(笑)



よーく機能している集団を見ると、それぞれが、自分のタイプを生かして働いています。

AにはAの役割、BにはBの役割が与えられてます。

うまくいっていない集団は・・・みんなが合わないことをしてますね。

特に、タイプBの人が、タイプAのようにならねば!と苦しんでいる・・・



自分のエネルギーの表現スタイルを知る。

そしてそれを生かしていく。

これ、大事なことだと思います


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by kktreasure | 2016-08-15 08:33 | スピリチュアル | Comments(0)

スーパーの青果売り場で、老婦人と お孫さんかな?女の子が、お盆のお供え用の果物とパックされた砂糖菓子のコーナーで、お話ししていました。

お婆様による「お盆」の供養のお話は分かり易くて優しくて、私も つい引き込まれて、聞き耳立ててしまいました(果物選んでるふりしながら・・)。


「果物は丸いものを供えるのよ。昔はスイカが高級で・・・」

「これは 精霊馬 っていってね・・・」

「お花はね、ほんとは蓮の花も供えたいところなの。
 蓮のお花は、花びらがお舟の形をしてるでしょう。そのお舟にご先祖様たちは乗ってくるって、おばあちゃんは教わったわね・・・」


そんなお話でした。

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「お盆」と言っても、時期も供養の仕方も様々でしょうけれど、こういう行事、習慣がそれぞれに 伝承 されていく、というのはよいものだなぁと思いました。

お婆様のお話を神妙なお顔で聞いていたその女の子は、そんな行事のあるお家で育つことで、「あの世」との関係について、ひとつしっかりと身につけて大人になっていきますね、精霊馬は用意しないかもしれないけど・・・。



「お盆」と言っても、時期も供養の仕方も様々でしょうけれど、こういう行事、習慣がそれぞれに 伝承 されていく、というのはよいものだなぁと思いました。

その女の子はお婆様のお話を神妙なお顔で聞いていましたが、そんなお婆様のいるお家で育つことで、「あの世」との関わり方について、ひとつしっかりと身につけて大人になっていきますね、精霊馬は用意しないかもしれないけど・・・。



カール・ベッカーというアメリカの宗教学者が、

「世界で一番死を恐れているのが現代日本人ではないか」

と著書で言っているのを思い出しました。

「あの世や次の人生(来世)に対する信仰が薄い」ことを理由に挙げていましたが、なるほど、そうかもしれないと思いました。



日本人にいちばん多いのは、特定の宗教の信仰はなく、でも、なんとなく八百万の神様は信じている・・・という人でしょうか。

ごちゃ混ぜな宗教行事を取り入れて暮らしている人も多いでしょうね。

でも、何か信仰はありますか?と尋ねたら、「無宗教です」という人が多いんじゃないでしょうか。


また、核家族で生まれ育ち、家族が死ぬ場所は病院・・・という、死を身近に感じることが少ない私たちは、「人が死ぬ」ことを "遠いこと" "無関係なもの" にして生きがちですね。



「あの世」「来世」についてはどうでしょう。

漠然と信じている人もいるでしょうし、信じていない人もいるでしょうし、そもそも、そんなこと考えたこともない、興味がない、という人もいるでしょう。

でも、「あの世」も「来世」もない、人生を終えたら塵になる、無になる、と思って生きている人が、たとえば、あるとき重病に罹り「残念ながらあなたは助からない。余命は〇か月でしょう」と言われたら、どうでしょうか・・・

酷く動揺し狼狽え、自分はなんて不幸なんだろう、と思うのでは?と思います。

「死に続く生」を 信じていない人にとっては、死は "一巻の終わり" であり、恐怖でしかないでしょうから・・・



死を身近なものとして捉え、「限られた時間を自分はどう生きようか」と繰り返し問いかけ、自分なりの死生観、宗教観を培っていくことは、とても大事なことなのではないかと思います。

たとえば「お盆」のような行事のある時は、「生」の "ヘリっこ" のこと、 "あちら側" のこと、ひとつの人生の "その先" のことを考えてみたり、自分のルーツに思いを馳せ「根っこ」を確認し、いま目の前にいない人たちとの繋がりを想う機会にできるとよいなぁと思います。


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by kktreasure | 2016-08-12 08:12 | スピリチュアル | Comments(0)