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自分を育ててくれた人たち   

2017年 12月 29日

昨晩、なんとなくお顔の浮かんだ人のことが気になって(なぜだろう・・) ネット検索をしてみたら、数年前に亡くなっていることが判り、ショックを受けました。

新卒で入社した製薬会社の上司ですが、大きな会社の取締役になった人なので、名前を打ち込んだらネット上にたくさん情報が出て来たのです。


その人からどれだけお世話になったか、どれだけたくさんのことを教わったか・・・ということを、お風呂に入りながら思い返していたら、本当にかけがえのない宝物をいただいたなぁと改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。


そして、その人だけでなく、自分がこれまでの人生でお世話になった人、自分を育ててくれた人の顔が、次々と浮かびました。


親、親戚、学校の先生、友達、会社の上司、先輩、同僚、後輩、恋人、夫、子どもたち、今では 縁あって出会うお客様たちも・・・。




「自分を育ててくれる人」は、振り返ればいつだって例外なく、絶妙なタイミングで現れました。


"先生の顔をした立派な先生" もいたし、どうにも好きになれない "疫病神か悪魔みたいに思える先生" もいましたね・・・。


うん。どちらも今思えば「先生」だった。


今思うのは、会う必要のなかった人など一人もいなかったんだ・・・ということです。

ずっと後になるまで、会えてよかったんだなどと思はえない人たちもいましたけれど・・・


自分は、本当にたくさんの人によって育てられてきた、今も育てられている、これからも人生が終わるまで育てられるんだ、と思います。




人との出会いと別れを通して、自分は自分の、どんな資質や それを表現する喜びに出会いたいのか・・・


表面的な出来事そのものでなく、その背後に立ちのぼっているものに どれだけ気づき、捉えて抱きしめ、慈しめるか・・・


そんなことを考えている2017年の暮れです。




今年は昨日で仕事納めとさせていただきました。

今年もお世話になりまして、どうもありがとうございました。

来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。


新しい年が皆さまにとりまして、一層喜びの多い年になりますよう お祈りいたします ひまわり



郷家あかりカウンセリングルーム

郷家 あかり




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by kktreasure | 2017-12-29 17:12 | ごあいさつ | Trackback | Comments(0)

英幸少年の「衣料切符」   

2017年 12月 26日

先週末、父の十三回忌法要がありました。

父は68歳で亡くなったのですが、
お坊さんのお経を聴きながら、もう12年も経つんだなぁ、生きていたら80歳だけど、父は "永遠の少年" だから、お爺さんにはならない運命だったんだろうな… と思いました。


* * * * * *


先日、母の家の断捨離大会をしているとき、小引き出しからこんなものを見つけましため

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『衣料切符』(昭和17〜18年のもの)です。

私はこの衣料切符というものを知らなかったので調べてみましたが、衣料を配給するために政府が発行していた点数制の切符で、この制度は「昭和17年から昭和25年まで続いた」とありました。

父は昭和12年生まれなので、これは5歳になる年の切符です。



英幸少年の衣料切符・・・赤ちゃん



何枚か・・・ネル、晒、足袋などの切符が 切り取られていましたが、大事に交換していたんだろうな、物のなさ はどれほどだったのだろう、と思いました。


きょうだい多数 の 貧しい家で育っていた父は、この後10歳で養子に出されます。

父は強がって「バナナバナナが食べられるなら俺、行くよ。高校も大学も行かせてもらえるっていうし・・・」と "立候補" したと聞いていますが、養父母は尋常でなく厳しくて神経質で、そして温かさのない人たちでしたから、父は、裕福にはなったかもしれないけれどすごく窮屈で寂しい、不幸せな暮らしを選んでしまったことになります。


結局、父は 自分や実の親に対して恩着せがましいことを言う養父母から離れて自由になりたくて、高校を出ると集団就職で埼玉県に出てきました(それ以来、一生を埼玉で過ごしました。だから私は埼玉生まれで埼玉育ちです)。



75年も前の、養子に出される前の名前(苗字)が書かれた衣料切符、何枚か使われた衣料切符・・・

養子に出された時は既に使えなくなっていた切符ですが、父は養子に行く時それを持って出て(御守のように持たされた?)、苗字が変わっても、そして母と結婚しても、その後何度転居しても、それを捨てずに持っていたんですね。

単に捨てそびれたのだとは思いますが、なんとなく、大事な物だから・・・と ずっと捨てずに持っていたような気もして、ちょっと切なくなりました。


* * * * * *


今回この衣料切符が発掘されたことで、私は 父の一生に思いを馳せてみたりしましたが、また、そんな父と歩いてきた母の人生についても「とにかく長い長い年月を、頑張って生きてきたよね」と ねぎらう気持ちになったりしました。

うーん、長いな。
晒とか足袋とかタオルとか・・・そんなものを制限のキツい配給で手に入れていた時代から生きているんだもの・・・

さすがに尊敬します。

それを娘と孫娘が、あれも要らないこれも要らないってバンバンどさどさゴミ透明ゴミ透明ゴミ透明 ゴミ袋に詰めちゃうのは、ちょっと乱暴だな。

せめて作業は丁寧に、敬意を持ってやらなくちゃ、と思ったのでした 花





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by kktreasure | 2017-12-26 12:22 | 私の話 | Trackback | Comments(0)

古坂大魔王さんの「ハッピーちゃん論」素晴らしかった   

2017年 12月 23日

深夜にテレ朝でやっている『俺の持論』という番組があります。ご存じですか?


タレントたちが自分の“持論”を主張するプレゼン番組で、みなさんの主張の内容やプレゼンの上手さが興味深いので、楽しみに見ているのですが・・・


ひと月くらい前、この番組に ピコ太郎プロデュース の 古坂大魔王さん が出て、

「PPAPから学んだハッピーちゃん論」というプレゼンをしました。

昨晩、録画消去の前に もう一度・・・と思い見てみましたが、素敵でした☆




古坂大魔王さんのことは、ピコ太郎のPPAPが流行ったときに知ったのですが、そのころ一度、ある番組でディズニーリゾートを子役の女の子と回っている様子をお見かけしたことがあります。


そのとき、「あら、この方、子どもにも番組スタッフにもすごく気遣いができて、わきまえてて、とっても優しい人なんだ」「そして 高波動 !」と軽く驚いたことを思い出しました。


"芸歴25年の苦労人" なんですね。




古坂さんは、「愛こそ最強」と題して話を始め、


・「恋」と「愛」は、脳から分泌される物質が違うんですよ、


・「恋」はテストステロン(男性ホルモンの一種で狩猟本能と関わる)、「愛」はオキシトシン(哺乳類だけが持っているホルモンで、ストレス緩和、癒し効果がある。愛情ホルモン、幸せホルモンと呼ぼれる)・・・つまり、恋と愛は、全く違うんですよ、


と説明しました。


そして、

愛の物質・オキシトシンを、呼びにくいから「ハッピーちゃん」と呼ぶことにしましょう、と言って、その「ハッピーちゃん」のお話をしていきました。




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愛は言葉の壁を越えるんだ、という話(世界を飛び回ったんですね、ピコ太郎。国連に行ったり、ウガンダ親善大使の仕事をしたり・・・)や、

SNSで悪口書かれても「見てくれてありがとう」「意見をもってくれてありがとう」と「ありがとう」で返すんだ、という話(売れなかった頃は批判さえなかった、無視が一番つらいものです、と・・・)


とにかく頭の中を「ハッピーちゃん」で満たせばいい。


愛をもって対応しても愛が返ってこないこともあるでしょう、でも大丈夫、愛というのは貴方の人生に貯金されている。愛の貯金・・・「貯愛」と言います!


・・・そんなお話をしました。




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長く続いた売れない時代にも、大事な先輩や仲間に愛を届ける行動を続けていた古坂さん、

忙しくなった今を


「今は貯金(貯愛)が一気に全額、満期でドンときてるようなものなんです」


と笑顔で言ってました。ステキ!


ほんとに愛の人なんだな、だからみんながPPAPを見てハッピーな気持ちになったんだな、ただ あの衣装とあの楽曲・パフォーマンスが面白かった・・・ということだけではなかったんだ・・・、と納得したのでした。


"ハッピーちゃん" の出る「俺の持論」でした。感心しました。





あなたは


「ハッピーちゃん」出てますか?


「貯愛」してますか?





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by kktreasure | 2017-12-23 12:05 | 映画、テレビ、芸術 | Trackback | Comments(0)

悩むコツ   

2017年 12月 20日

生きていれば、様々な問題にぶつかって悩む、ということは、頻度、程度の差こそあれ、誰にでもあることと思います。


でも、しょっちゅう悩んでいる人、いつまでも悩んでいる人 がいる一方で、あまり(ほとんど?)悩むことはないんじゃないか、という人がいますね(私は後者かな・・。決めるのが早いから悩まないんですね、それで失敗もたくさんしてると思いますが・・・あせる)。


悩んでばかりいる人 と 悩んでいるように見えない人。

この違いのひとつは、悩んでいる時間の長さじゃないかと思います。




「自分はいつでも悩み事を抱えてる気がする。そんな自分を変えたい」

というご相談があったので、悩むコツについて、ちょっと書きます。


まず、問題に直面して辛くなっているときに、「自分はなぜ〇〇なんだろう・・・」と、感情的なクセを責めないことですね。「なぜ」はまたの機会にする。


そして、今の時点で自分に出来ることと出来ないことを、しっかり見てハッキリ認めます。


それから、他人の責任を負おうとせず(そういう人、多いですね、ハタから見ていれば「それ、あなたじゃなくてその人の問題じゃないの?」と分かるんだけど・・・)、人のせいにもせず、自分の望みを叶えるために「決めて」「行動」します。


そして何より大事なところなんですけど、

自分の本当の気持ち、本当の欲求・欲望を、ちゃんと捉える、ということです。


ときどき「あれ?自分は長いこと何を悩んでるんだっけ?」という人を見ますが、自分の本当の気持ちや欲しいものが、分からなくなっちゃってるんですね。




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たとえば、「お金がないから給料の高い会社に転職したいが・・・」「でもなぁ・・・」「どうしようかなぁ・・・」と悩んでいる人がいるとします。


でも、その人のお話をよくよく聞いていくと、「高給」「お金持ち」はほんとはどうでもいいということがわかります。「もしお金があったら、こんな孤独な暮らしをしないで済むのに・・・」という思い、つまり「寂しさ」が出てきたりします。


高給はとっても良いことだし目指せばいいんだけど、ほんとの辛さ、ほんとの望みが解っていなかった・・・ということに気づいて、「あれ? 目標、目的が違ってた!」「これじゃあ、どう頑張っても気持ちが晴れないわけだ・・・」となるんです。


(お金がないから自分はこうなんだ・・・ということにしたい、お金を持ってしまったら、幸せじゃない理由がなくなるので、お金持ちは困る・・・というケースもありますが、この "偽解決" のお話はまたの機会にします。)




自分の本当の気持ち、本当の欲しいものを知る・・・、そんなの簡単?・・・でもないかも。

なかなか難しいかもしれませんうーん


こんな感じのことを整理したり、自分を理解したりするために、上手にカウンセリングを使っていただければ・・・と思いますclover*





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by kktreasure | 2017-12-20 12:10 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

「イヤな体験はしていても、苦労はしていない」   

2017年 12月 17日

半年ぶりに、〈 ヨーダ師匠 〉 のところへ行ってきました。


息子の話を聞いていただいていて はっとなったのは、


(息子くんは)イヤな体験はしていても、苦労はしていない」


という師匠の言葉でした。




・・・そうか、そうだな、ほんとだな、と思いました。


「イヤなことを体験する」のと、覚悟して「苦労をする」のは、全く違う。




息子は、幾つもイヤな体験をしているかもしれない、辛い思いをしたかもしれない。

でも、しっかり「苦労」する、ということを、じつはやっていない。


これについて、母である私が息子に直接働きかけることはないけれど(というか、そういう、やりすぎてしまうところが私のダメなところ)、

私はただ、「息子は苦労をしていない」を噛みしめたいと思いました。




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母親が 「千と千尋」の "湯婆婆" 湯婆婆 でいてはだめです。

息子は、守られて安全かもしれないけれど、外に向かう時に使うべきエネルギーを溜め込んだまま肥大化して動けない "坊" でいるしかなくなってしまう・・・




「若い時の苦労は買ってでもせよ」。


親子であっても「私は私のことをする。あなたはあなたのことをする。」(ゲシュタルトの祈り)。


いよいよ腹を括った昨日のセッションでした 晴れ





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by kktreasure | 2017-12-17 11:11 | 子育て | Trackback | Comments(0)

口の達者なお客様   

2017年 12月 14日

すごく "口の達者な" (失礼!)お客様(20代女性)がいらっしゃいます。


人前で話す機会の多いお仕事だそうですが、もともと弁護士になろうと思っていたとか…。
納得です、きっと、なっていたら敏腕弁護士でしょう。

そのような方なので、相手になってセッションを進めるはずの私の方は、よほどしっかりしていないと、引っ張られて ただ着いていくしかない形になります。
でも、それじゃあダメだからといって過剰に踏ん張っていては、目的地に近づきません。

だから、体幹をしっかりさせて地球に錨をしっかり結んで、姿としてはただ笑顔でゆったりと椅子に腰掛けていますが、じつは高速で立ち位置を変え視点を変えながら、いろんなことを考えながら、いろいろな球を投げてみたり、くすぐったり突っついてみたり・・・、初めのころは、かなりくたびれる展開になっていました。

この方とのセッションには殊更に 武道 みたいな心構えで臨んでいましたね柔道。



この方、すごく積極的にセッションに臨まれるのですが、初めは「先生、今日のアジェンダですが・・・」とか、「今日は先ず質問をさせてもらい、そのあと・・・」とか・・・、そんな調子でした(笑)

でも、カウンセリング や 私という人間 に 慣れるにつれ、そういう感じではなくなりました。

話し言葉から漢字熟語や英単語が減ったり、本音が少しずつ覗くようになったり・・・

幼女のような愛らしさが表出するようになったのですが、それはその方の本質的なところだということがわかり、
ああ、長らく(とっても小さい頃から)抑圧、凍結をしてきた部分が、こんなにも嬉しそうに伸び始めたんだなぁと感動しました。



セッション中に「なぜ意味もなく涙が出るんでしょう」とおっしゃったことがあるのですが、私が
「『やっと気づいて光を当ててくれた』『理解された』と喜んでいるインナーチャイルドの安堵や歓喜かもしれませんね」
とお伝えしたら、納得されていました、すごく優しいお顔で。

何歳からでも癒しや再生は体験できる、ということを教えていただく幸せなときです カラフルなお花♪



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おはよう😊




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by kktreasure | 2017-12-14 12:50 | カウンセリング | Trackback | Comments(0)

エゴは「怖がりな友達」   

2017年 12月 11日

「私はこんなふうになりたい」「これが必要だ」ということについて。


本当はみんな、自分がどうしたいか、何が欲しいのか、ちゃんと知ってます。

それが分からなくなって(分からない、ということにして)、つらい現実を体験しているけれど。


分かっているのに、どうして「出来ない」「無理だ」と思うのか・・・




「出来ない」「無理だ」と言っているのは、エゴ (※)です。


(※)エゴには「自己」という日本語が当てられていますが、今の自分、ニセの私、パターン のことです。日常では、我が儘や傲慢っぷりを指して言いますが、ここではそうではなく・・・




エゴって、動物としての生存機能とも言えます。

人間も動物、肉体を持った生き物ですから、飢え死にしないために外部に食物を求めなくてはならないですし、"脅威" を特定し、それを避けたり排除したりしなければならないわけですが、エゴというのは、その役目を担っています。


だから、エゴを嫌って排除しようとするのは違う。




ただ、エゴはそういう役割のもので、 "怖い" で出来ていますから、しょっちゅうネガティブな囁きをしてきたり、脅かしてきたりします。


「その挑戦、〇〇っていう条件が整ってからにしたら?」

「お金を貯めてから行動に移した方がいいのでは?」

「もうそのくらいでいいんじゃないか?」

「そんな夢を叶えられるのは、すごい才能がある人だけだよ」

「既に幸せだと思わないか?」

「やめとけやめとけ。チャンスはまたいつか来るって」


などなどなど・・・。


エゴも必死なのです。

過去のデータを参照しながら、思いつく限りのアイデアを繰り出してきます。

なんたって "安全第一"。




・・・でも、その声に説得されてしまうと、挑戦、革新、進化、成長・・・そんなものは望むことないかなって気になって、現状を合理化して「やっぱり私には無理」という結論に落ち着いてしまう(あ~安心♡)・・・


エゴの囁きに負けちゃうと 望む変化を起こせないですね。




じゃあ、どうしたらいいんでしょう・・・


エゴというのが、動物性であり、安全第一だから怖がらせてくるものである ということを理解して、

そして、エゴを怖がりな友達だと思って、

真の〈私〉が ポジティブなエネルギー、愛を送り続けて、信頼関係を築くことです。


エゴは生きています flower*



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by kktreasure | 2017-12-11 11:50 | スピリチュアル | Trackback | Comments(0)

何から何まで変えようとすることはない   

2017年 12月 08日

自分は、こういうところがダメで、

こういうところも欠点で、

そもそも、人として基本のところから間違っている気もして・・・


と、何から何まで気に入らないから直したい、という方が、ときどきいらっしゃいます。


何か良い心理療法はないか、強い薬があるなら飲んで治したいくらいだ、とおっしゃる・・・




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よほどの窮地に追い込まれてしまったから、そんなふうに思うのですよね。

よほどのことが重なって・・・の言葉でしょう。


でも、もちろんですが、そんなふうに考えちゃ いけないわけです。

そういう思い込みを握りしめたままでは、どう頑張ったって望みは叶っていかない・・・




心を大事にされてこなかった人というのは、自分に優しい目を向けてあげるのは難しくて、そして極端なことを言うものです、「白じゃないなら黒!」「100じゃないなら0だ!」と。


だけど、誰だってみんなデコボコで、長所と同じくらい短所があるのは当然で、

それでも、ああかな?、こうかな?、間違った?、ごめんなさい、次からはこうしましょ、って問題に直面しては解決する・・・を繰り返しながら、少しずつ、生きるコツを掴んでいくんですよね。


そういうプロセスそのものが人生なわけですし、凸は凸だから凹と出会える・・・ってとこが、人生の醍醐味ですし。




だから、先ずは完璧な自分になってスタートする、というのは間違いだし、何か "大きな山" を登り切るのが人生(の成功)だ、というのも必ずしも合ってないと思います。


山って、登り切らなきゃ それが 山 だったかどうか、わからないですよね。

山じゃなくて永遠に上り坂・・・かもしれないものを、登頂するぞ!って必死に頑張ることもないんじゃないかな・・・("登山"こそ人生、と思って頑張りたい人、そういうのが好きなんだという人は別。どんどんやればいいです)。




変えた方がいいところは、変えられるし、

変えられないところは、変える必要などないところ。


それを見究める力をつけていくことが、自分を知って幸せになる、ということにきっと繋がっている、と私は思います 晴れ



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by kktreasure | 2017-12-08 12:07 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

「いちばん大切なのは、〈愛する〉才能」  映画『ギフテッド』   

2017年 12月 05日


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久しぶりに映画を観に行きました。『gifted/ギフテッド』。

「ギフテッド」・・・神様から与えられた、生まれながらの突出した高度な知的能力。またはそれを持っている人。



生まれてすぐに母親が亡くなった7歳のメアリーは、生まれついての数学の天才です。
叔父(母の弟)のフランクに育てられてきました。
優しくて賢い、片目の猫・フレッドと一緒に、ささやかながら幸せに暮らしています。


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入学した小学校で、メアリーの数学の能力はたちまち明らかになってしまい、"ギフテッド向き" の教育が受けられる学校への転校を勧められます。

また、縁を切っていたフランクの母親(メアリーの祖母で 元・数学者)が現れて、
天才数学者として歴史に名を残せるほどの孫娘に、最適な教育環境を与えたいから引き取る、と言い出し、フランクと、親権を巡っての裁判になります。


フランクが、姪のメアリーに "普通の子ども" として育ってほしいと願い「俺たちはずっと一緒だよ、離れない」と言って愛情深く育てて来た理由・・・
そこを描くことで、この映画は観る者に、主題「ほんとうの幸せってなんだろう」について考えさせてくれるのですが・・・

物語の終盤で明かされる、亡き姉からフランクが託された「重大な秘密」には・・・
うわーーー!!(驚)でした。


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なんといっても主演の子役、マッケナ・グレイスが素晴らしかったです。
オーディションに彼女が来なかったら この映画は作れなかった、ということに納得。

ちょっと生意気なしかめっ面、うんざり顔、7歳の子どもらしいあどけなさ、健気さ、全身で表す喜びや不安や悲しみ・・・本当に愛らしく、すごい子役がいるもんだと感心しました。



劇場は、笑いや涙に包まれていましたが、
"ギフテッド" ではなくても 元・子どもである私たちは、メアリーに己を重ねて見入っていたところがあったかも。
姉との約束を果たすべく、姪のメアリーを独りで育てて来たフランクにも、大いに共感しながら見ていた人もいたことでしょう。

隣に座ってたサラリーマン風の男性(40歳前後?)も、よく泣いてたなぁ・・・。
きっと、何か触れるものがあったんでしょう。


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叔父のフランクは、”キャプテン・アメリカ" の クリス・エヴァンス。
ハリウッドで いま最もオファーの多い俳優さん、とありましたが、
誠実で逞しい、そして哀愁の漂う叔父を好演していました。好き!



「家族」「親子」「子どもというもの」のこと、「豊かで幸せ」ということ・・・
いろいろなことを思い、ほんわかと温かい気持ちの残る、とっても良い作品でした。
忘れられない名シーンがたくさん。

上映劇場は多くないかもしれませんが、ぜひご覧になって下さい、お薦めしますオススメ,肉球





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by kktreasure | 2017-12-05 11:55 | 映画、テレビ、芸術 | Trackback | Comments(0)

両手にイガ栗、泥まんじゅう。からの・・・   

2017年 12月 02日

郷家さん、私は郷家さんに出会って2ケ月しか経っていないのに(たった2ヶ月なんですよね!)、自分のいる世界がこんなに違ったものになって、本当に驚いています。

牙剥き出しで、随分と失礼な事を言ったに違いない私を、見捨てず、出禁にせず、いつも丁重に迎えてくださって、そして優しく諭しながら、私に希望の暖かい光を示してくださって、本当にありがとうございます。

私はまだ郷家さんのおっしゃる「愛」や「ゆるし」はわかりません。
でも、それを知りたければ、こんな場所でこんな姿勢でいたらだめなんだ、ということは教わってわかりました。私はそれが嬉しくてしかたがないです。なんだか変な表現かもしれませんが、でもほんとにそうです。

また◯日のセッションが楽しみです。どうぞよろしくお願いします!

(※ご本人の了承をいただき、掲載しています)



Yさん(30代女性)。

お便りにあるように、初めは「牙剥き出し」でした。

"間違ってるというなら論破してみろ!" 的に 挑んできて怖かったし・・・笑


私はお客様をお迎えする前に、瞑想後、その方の "上の方" にご挨拶したり、その方のエネルギーを読み取ってチューニングして・・・ということをするのですが、

Yさんを迎える前の準備は、ことさらに丁寧に綿密に、行っていました。


Yさんは戦士のような鎧を纏い、手には イガ栗 や 泥まんじゅう を持っていて、うっかりしていると "やられてしまう" からです。


私だって「人間だもの」、激痛には怯んでしまう・・・




でも 私の心の中にはいつも、ナウシカのこの場面の画が額に入れて掲げてあります。


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初対面のキツネリスにナウシカが指をガブリと噛みつかれる名シーンです。


噛まれながら、「ほら、怖くない。 怖くない」

そして、「 ね? 怯えていただけなんだよね」




私も、噛みつかれても、

この方はたくさん傷ついてきたから怖がりなんだ、怖いから噛みつくんだ

と思って微笑みながら、次の手を考えたりしています。




荒っぽいセッションからしか始まらないケースは、双方とてもキツいですが、
このYさんのように、大きく変わっていくことが多いです。


Yさんは、ほんとはとっても優しいのです。

だからこそ「愛」を知りたい、「ゆるし」を知りたい、と苦しんできたはず。


怖すぎて寂し過ぎて、いつの間にか「手にはイガ栗」が常態になっていた、というだけ。




自分を育て直すことを決めて頑張った人には、必ず絶景が用意されています。

そこでまた先へ進むエネルギー供給もできます。


人ってすごいな。

そう思いながら今日も、お客様と出会っていますクローバー




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by kktreasure | 2017-12-02 12:05 | お客様のおたより | Trackback | Comments(0)