「こんなはずじゃなかった」かもしれないけど ~映画『海よりもまだ深く』
2016年 05月 25日
15年も前に一度 文学賞を獲っただけ、その後は鳴かず飛ばずの “小説家くずれ” の主人公・良多(演・阿部寛さん)。
そのダメ男っぷりは凄まじく、
興信所に勤めてはいるが、やめられないギャンブルのせいでお金はなく、妻(演・真木よう子さん)に愛想を尽かされ出ていかれ、息子の養育費もまともに払えない。
元妻の新しい恋人を調べ上げては嫉妬する、団地につつましく独り暮らしをしている母(演・樹木希林さん)の留守に上がり込んで、金になる物やへそくりの在り処を探る、姉(演・小林聡美さん)に借金に行く・・・
なんだかほろ苦かったです。
私は東京のベッドタウンの大きな団地のある町に育ったんですね(我が家はその「団地」ではなく、父の会社の「社宅」だったり小さな「借家」だったり・・・でしたが)。
この映画の舞台になっている「清瀬の団地」は、実際に是枝監督が長く住んだ団地なのだそうですが、その作り、その狭さ、その空気感が、私の住んでいた社宅や友達の住んでいた団地にそっくりで、たちまちあの頃へ “運ばれて” しまいました。
あの頃、団地に住む人たちは、「いつか建てるマイホーム」を夢見ながら、せっせと働き、つつましく暮らしていたと思います。
団地というのは「夢を叶えるまでの仮の住まい」だったんですね。
作中では樹木さんが「40年もこんなとこに住むことになるとは思わなかった」と言ってました。
「こんなはずじゃなかった」。
良多の方も、小説家としてうまくいかず、妻に去られ、
「こんなはずじゃなかった」。
しかし本作でも、樹木さんは、すごい存在感でした。
情けない息子のすべてを、わかって許しています。
達観してどっしりと存在する母です。
叶わなかった夢や叶うことのない夢を追うことをせず、
日常のことを淡々と当たり前に運営しながら、ささやかな幸せを味わうことのできる人。
家族みんなの幸せを願っている人。
「なんで男は今を愛せないのかね」
「幸せってのはね、何かを諦めないと手にできないもんなのよ」
の言葉の深さ、その迫力ったら・・・!
ラスト。
台風の晩を経て、駅で元妻を見送る良多は、ほんの少しだけ変わっています。
台風の過ぎ去った朝の陽射しって、美しい。
何もかも、みんな洗われて新しくなったみたいにキラキラ輝く。
そういう力に守られながら 私たちは、ほんの少しずつ前へ進むんですね。
「こんなはずじゃなかった」かもしれないけど、
人生のおしまいまで、自分の愛おしい日常を。
大きな事件は何も起こらない、大団円で盛り上がったりもしない。
(だから周囲で観ていたお年寄りたちには「???」と いま一つ だった模様。・・・というか喧しかった。おしゃべりしながら見ないで~(T-T) 郊外のシネコンで 昼間にこういう邦画を見ちゃダメ、85%お年寄り。本日の教訓)。
でも後からじわじわ来る、素敵な作品でした。
『そして父になる』、『海街diary』に続き、是枝監督はやっぱり「家族の物語」の名手だなぁと思いました★