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英幸少年の「衣料切符」

先週末、父の十三回忌法要がありました。

父は68歳で亡くなったのですが、
お坊さんのお経を聴きながら、もう12年も経つんだなぁ、生きていたら80歳だけど、父は "永遠の少年" だから、お爺さんにはならない運命だったんだろうな… と思いました。


* * * * * *


先日、母の家の断捨離大会をしているとき、小引き出しからこんなものを見つけましため

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『衣料切符』(昭和17〜18年のもの)です。

私はこの衣料切符というものを知らなかったので調べてみましたが、衣料を配給するために政府が発行していた点数制の切符で、この制度は「昭和17年から昭和25年まで続いた」とありました。

父は昭和12年生まれなので、これは5歳になる年の切符です。



英幸少年の衣料切符・・・赤ちゃん



何枚か・・・ネル、晒、足袋などの切符が 切り取られていましたが、大事に交換していたんだろうな、物のなさ はどれほどだったのだろう、と思いました。


きょうだい多数 の 貧しい家で育っていた父は、この後10歳で養子に出されます。

父は強がって「バナナバナナが食べられるなら俺、行くよ。高校も大学も行かせてもらえるっていうし・・・」と "立候補" したと聞いていますが、養父母は尋常でなく厳しくて神経質で、そして温かさのない人たちでしたから、父は、裕福にはなったかもしれないけれどすごく窮屈で寂しい、不幸せな暮らしを選んでしまったことになります。


結局、父は 自分や実の親に対して恩着せがましいことを言う養父母から離れて自由になりたくて、高校を出ると集団就職で埼玉県に出てきました(それ以来、一生を埼玉で過ごしました。だから私は埼玉生まれで埼玉育ちです)。



75年も前の、養子に出される前の名前(苗字)が書かれた衣料切符、何枚か使われた衣料切符・・・

養子に出された時は既に使えなくなっていた切符ですが、父は養子に行く時それを持って出て(御守のように持たされた?)、苗字が変わっても、そして母と結婚しても、その後何度転居しても、それを捨てずに持っていたんですね。

単に捨てそびれたのだとは思いますが、なんとなく、大事な物だから・・・と ずっと捨てずに持っていたような気もして、ちょっと切なくなりました。


* * * * * *


今回この衣料切符が発掘されたことで、私は 父の一生に思いを馳せてみたりしましたが、また、そんな父と歩いてきた母の人生についても「とにかく長い長い年月を、頑張って生きてきたよね」と ねぎらう気持ちになったりしました。

うーん、長いな。
晒とか足袋とかタオルとか・・・そんなものを制限のキツい配給で手に入れていた時代から生きているんだもの・・・

さすがに尊敬します。

それを娘と孫娘が、あれも要らないこれも要らないってバンバンどさどさゴミ透明ゴミ透明ゴミ透明 ゴミ袋に詰めちゃうのは、ちょっと乱暴だな。

せめて作業は丁寧に、敬意を持ってやらなくちゃ、と思ったのでした 花





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by kktreasure | 2017-12-26 12:22 | 私の話 | Trackback | Comments(0)

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