カテゴリ:心の話( 217 )   

器の大きさ   

2018年 10月 21日

私の下の妹(50歳)は、ストレス耐性が 超低い人です。


何か衝撃を受けたり気懸かりなことが起きたとき、顔や態度に出さずに受けとめたり対処したりすることができません。

分かり易く反応し、表現します。

また、"閉店ガラガラ" が早いです。頻繁にシャッターを降ろします。


これは、心の容れ物が小さいことを知っている本人が、あれこれ苦労しながら編み出した、心身をできるだけ穏やかに保つ方法なのだと思います。

正直もうちょっと頑張れないもんかね?と思うときはあるのですが(笑)、とにかく用心深く自分の心の余裕、空き容量を保つことを怠りなくやるんですね。

そして、末っ子の特権といいますか、皆から「ま、いっか」「それがMちゃん」「Mには言わないでおこう」というふうに気遣われ、許され、配慮されてきました。 


無理をせず、諦めるのも早いのですが、とにかく安全第一、平和が一番、を貫き、

コンパクトながら整った生活を送っていて、その徹底ぶりは、すごいなと思います。




基本的に、人は自分の器のサイズを、大きくすることはできません。


もちろん、生きていくうちに様々な経験を通して、その容量を拡大していく…ということはありますが、持って生まれているところに依る部分が、やはり大きいです。


子どものときから "器の大きさ" を感じさせる子はいて、その子は大抵「でっかい人」になっていくし、私の妹のように「コンパクトサイズ」の人もいます。


これは、大きい方が良い、小さいのはダメ、という話ではありません。


"そういうサイズだ" ということです。


だから、そう考えると、無理をして自分の器にギュウギュウにモノを詰めようとするより、中身をこまめに点検したり捨てたりして、個々の器に応じた最適な空きスペースを作ることを習慣にした方がいいですね。




あなたの器は、大きいですか? 小さい方ですか?

空き容量は十分にあり、快適ですか?




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by kktreasure | 2018-10-21 12:12 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

恋した人 と別れていくとき   

2018年 10月 12日

さ幸せではない恋をしている人のお話、恋人との関係が終わった人のお話 を幾つか伺いました。



恋には必ず、その時その恋をしなければならなかった理由…分かりにくく隠された理由…というのがある。

私はそう思っています。


ただ単に "ものすごく素敵な人" が目の前にいたからといって、必ずしも恋に落ちるわけではないでしょう。

人は、心にある 疼く傷 や 真っ暗い穴ぼこ に触れられた時に、恋に落ちるのだと思います。

そういう "自分が受容してこなかったところ" を刺激してくる相手に出会ったときに、「ビビビッ!」「ずきゅん!」は起こる…


「私は変わりたい!」 「この人は今の私を別の私に変えてくれるに違いない!」…そう思って駆り立てられていくのが恋でしょう。


だから、恋(つらい恋)っていうのは、

「こんな私じゃダメかもしれない」 ことが不安だし切ないし、

「まだ足りない」 「もっと欲しい」 が苦しい。



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恋愛に限りませんが、超・接近戦でいくしかない人との関係が始まったときには

自分の心の中に「いま向き合うとよいテーマ」が浮上しているものだし、

密な関係が続かなくなって別れていくときには

変化、成長していくために必要だったひとつの経験が終わった…

ということなのだと思います。


自分が受け入れて来なかった部分を、

「ここはどうするの?」「手放すの? 統合していくの?」

と内側から問われていた、とも言えます。

この問いにはしっかり答えねば。




相手の中に見ていた 自分のダメなところ、未熟な部分…、それを素直に受け入れて、

罪悪感を持つでもなく、被害者意識を持つでもなく、

今は無理でも いつかは 出会いに感謝できますようにと祈って、別れていけるといいです。


本気の恋の顛末は、かけがえのない自己受容のプロセスになっているものです。

気づけたら幸い。なのです花



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by kktreasure | 2018-10-12 14:11 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

ボーっと生きていると…   

2018年 10月 09日

NHKの『チコちゃんに叱られる』のチコちゃん。すごく人気で "紅白初出場が内定" なのだとか…


私は…5歳児・チコちゃんのあの感じ、ごめんなさい、あんまり好きじゃなかったんですけど(だって顔がコワい…あせる、でも、声がキム兄だと思って見れば、まぁ…ウインクあせる



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週末、久しぶりに チコちゃんの 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」 のセリフを聞いて、

そういえば、以前、ちょっとそのセリフを言いたくなった人がいたなぁ…と思い出してしまいました。


相当ボーっとした方で、さすがに "まだ眠ったままだよね? 起きようとした方がいいよ?" と言いたくなった方でした。


繊細な方で、幼少期に過酷な環境にあったようで、そのために、いろいろと麻痺させてぼんやり生きることにした、というふうにも見えたのですが、

とにかく ふわふわふわ~っとしていて、夢の国の住人みたいな雰囲気で、ごく限られた事柄にこだわって、それを楽しんでは いたようですが、やっぱり現実感に乏しいというか、地面に足がついておらず、これでは今後、お勤めもプライベートも厳しくなっていくだろうなぁ…と思ったので、なんとか働きかけてみようと工夫したつもりでしたが…

結局、数回お会いしたきりになりました。


今ごろ、どうされているだろう…

人生に「おはよう!」できたかな…




ふわふわ、ぼんやり生きていることを、ストレスのない世界で悩みなく平和に過ごしている、とか、時にはそんな自分を精神性・霊性が高めの人間であるため俗世に適応できないのかも、などと言う方がいるのですが、それは違います。


ぼんやり生きているとき、心は世界に開かれていません。

ハートは動かず、頭も回らず物を考えられなくなっていくし、身体的な機能も落ちるはずだし、それによって、この世界で生きよう!という気力も損なわれていきます。

エネルギーが循環しなくなるのでますますボーっとします。


そして…

それに見合った結果がやってきて、人生はお終いになっていくのだと思います。




だから、ぼんやり生きてちゃいけないですね。

チコちゃんの、 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」…、じつはなかなか良いですね!笑

私も、ボーっと生きてないで面白いことたくさんやろうドキドキ






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by kktreasure | 2018-10-09 12:35 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

消えてほしいマイナス感情に対しては…   

2018年 10月 04日

誰かへの恨みや憎しみとか、しつこい怒り、つらい悲しみ…

そういうものが心の中にあるとき私たちはつい、そこから気持ちを逸らし、ごまかし、忘れて過ごす努力をします。


でも、相当時間が経ったあるとき、その感情がまだ消えていなくて、それのせいでなんとなく心が重かったんだ…と気づかされたりします。


がっかりです、憂鬱になります、「さすがにもう平気だと思ったのに…」。




よく言うのですが、感情には良いも悪いもなくて、

感情は どんなものでも、楽になるため、健やかさを取り戻すため、成長していくために、利用しなくちゃなりません。

「利用する」というのは、捉えて、感じ切って、役目を終えさせる…ということです(※PTSDみたいな強烈なものは別。ケアが異なります)。


気に入らない、好ましくない、忌々しい(?)感情は、どうしたら…?ということですが、

そういうマイナス感情に振り回されたくない、というときに、「無くなれ」「失せろ」と嫌ったり、無視したり、思考を使って変なアレンジを加えたりするのは賢明ではありません。


感情を、"何か訴えている困った人" が自分の心の中に居る、と思ってみてほしいのです。

困って何か言ってる人、激しく訴えてくる人、随分長いこと言い続けてる人…です。




……話を聴いてあげてください。共感を届けてあげてください。


なるほど、そうなんだ…、それは大変だね、よくやってると思うよ…


そんなふうに優しく。




優しく聴いてもらえた、解ってもらえた…と気が済んだ感情は、柔らかくほぐれ、ふわーっと霧のように消えていくはずです。


根気よくやってあげなくちゃいけないこともあるでしょうし、私のようなプロの聴き手がサポートするのが有効であることもあると思いますが、

マイナス感情を邪険にしないこと、ちゃんと話を聴いて共感してあげること…

このことはどうぞ、大切にしてくださいclover*



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by kktreasure | 2018-10-04 13:10 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

「正しさ」で戦うゲームをしても仕方がない   

2018年 09月 04日

人は皆それぞれに違う感じ方、考え方をするんだ、ということ。

相手を外圧的に変えようと思っても難しい、ということ。


皆さん、「わかってるんですけどね…」とおっしゃいます。

でも、親子とか恋人とか夫婦とか仕事仲間とか…

近い存在、大事な存在であればあるほど、そのことを忘れて関わってしまいがちです。




その人との関係がうまくいかなくなってきた…というお話を伺っていて、とても多いのが

「私は正しいことを言っている」

「間違っているのは相手の方」

という言い分です。


これは…

この一点張りでは…

うまくいかないでしょうね、たぶんあせる


自分にとっての「正しさ」で、

その正しさを主張すること、押し付けることで、

相手を変えようとしてしまう…


つい、ね。




「だって、どう考えたって、客観的に、私は正しい プンプン」 ??


そのようにしか思えないのかもしれないけど…

でも、正しさで戦うゲームをしても仕方がないですよね。


そのゲームに勝利することが目的だ、というのなら別ですが(笑)

そうでなく、関係を改善したい、ということでしたら、

お勧めのひとつは、相手の自己重要感を高める働きかけを、大サービスのつもりで増やしていくことです。


たとえば、優しい表情。笑顔。

たとえば、ありがとう、お疲れ様、助かるわ…という言葉。

たとえば、共感すること。がんばったね、それは辛かったね、残念だったね、なるほど わかるなぁ…


相手を「正しさ」でなんとかしようとするより、よっぽど良好な関係が育ち始めます。

しばらく心掛けて過ごしてみてください。


相手の自己重要感を増す働きかけ。

ちゃんと意識して過ごしたら、効果はテキメン、と思います ニコニコ




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by kktreasure | 2018-09-04 10:55 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

自分との関係   

2018年 09月 01日

「私は話ベタで、人間関係を築くのが苦手です」

「お話上手で皆に慕われている人が羨ましい」

「気の利いた話の一つも出来ない自分はダメだなぁと嫌になる」


…と、そんなお話がありました。




たしかに、いろいろなタイプの人と気さくに楽し気に話をすることが出来て、たくさんの人から話しかけられて、いつも賑やかな輪の中心にいる人…というのは輝いていて眩しいですね。羨ましくなることもあるでしょう。


「いいなぁ…、それにひきかえ自分は…」と、寂しくなったり惨めな感じがしたりもするかもしれません。




でもそんなときはどうか、「他人」じゃなくて「自分」との関係はどうなっているだろうか…

と、ちょっと見てみてほしいと思います。


自分の体、自分の考え、自分の気持ち、自分の性格…


自分は自分の声に耳を傾けているだろうか、

自分とちゃんと話をしているだろうか、

自分の面倒をしっかり見てあげているだろうか…




そこをいつも意識していられるようになり、そこに関して自信を持って Yes と言えるようになったら、誰かと誰かの賑やかな会話や華やかな交流を羨ましいなんて思わなくなりますし、自分は駄目だなぁなんてことも思わなくなります。


ほんとかしら、そんなこと関係ある? と思われてしまうかもしれませんが、ほんとうです。




"人間関係" の一人目は「自分」です。


また、他人は、あなたがあなた自身を扱っているように、あなたと関わるはずです。




あなたの、ご自分自身への興味は十分ですか?

語りかけは十分ですか? 優しさは十分ですか?


ぜひ、問いかけてみてください花




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by kktreasure | 2018-09-01 11:41 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

優柔不断  indecisiveness   

2018年 08月 23日

【優柔不断】を辞書で引くと

「ぐずぐずしていて決断力に乏しいこと。また、そのさま。」

などと書いてあります。


あなたはどうでしょう。「優柔不断」なほうですか? 違いますか?




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この「優柔不断」な性格というのを、「男性性・女性性」で言いますと、女性的な性質、ということになります。しかも "未熟な"。


優柔不断な性格、というのは、"未熟な" "女性っぽい" 性格、といえるんですね。




ここでちょっと、「男性性・女性性」、「男性エネルギー・女性エネルギー」を表す言葉を並べてみます。


まず

●「成熟した男性エネルギー」というのは、


求心的、積極的、芯が通っている、逞しい、決断する、方向づける、突き進む、冷静…


という感じです。



●「未熟な男性エネルギー」は?というと、


暴力的、支配的、固い、やんちゃ、ガミガミ言う、相手のことを慮れない、心を通わせられない…


というところです。




対して、女性エネルギーの方ですが、


●「成熟した女性エネルギー」は、


遠心的、受容的、分けない、切り捨てない、一体になろうとする、優雅、柔らか、安らぎを感じる…


●「未熟な女性エネルギー」は、


とりとめなく揺れて彷徨う、決断できない、主張できない、相手との境界線が引けない、過度に依存してしまう…


という感じになります。




最後に書いた「未熟な女性エネルギー」のところに、"優柔不断っぽい" 性質が並んでいますね。

優柔不断な人、というのは、未熟な女性性をもった人、という言い方ができるのです。


優柔不断な人、といったら、女性っぽい人をイメージするでしょう。

もちろん、男性、女性、どちらの中にも、男性性、女性性の両方があるわけなので、男性にも優柔不断な人はいますけれど、その人は、女性っぽい性質が強い、ということですね。





さて、この「優柔不断」を「問題だ」と感じていて「どうにかしたい」というかたに、ですが…


お勧めしたいのは、"(女性であっても)成熟した男性らしく" 思考し、決断して、実行する、ということの練習です。


物事をよく見て、自分にとってそれが「要る/要らない」「受け入れる/受け入れない」「許す/許さない」どちらなのか、どちらにするのかを決めます。


自分に訊いて、自分で決めます。

 

なんでも受け入れて飲み込んでしまうのが女性。揺れて彷徨うのが女性。でしたね。


いつまでも迷う、いつまでも悩む…というときには、そこを意識してみてください。




健全な男性性を育てていくことが、「優柔不断問題」を解くときには大事、というお話でした。


詳しくはセッションにて太陽





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by kktreasure | 2018-08-23 11:10 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

恋人募集中の旗を掲げるなら   

2018年 08月 20日

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「誰かが私のことを見つけて、そして愛してくれれば、もうコンプレックスに悩まされることもなくなる」

「恋人ができたら、この寂しさから解放されるはず」

「彼が私を選んでくれたら、私はきっと輝く自分になれる。なりたい自分になれる」


そんなふうに思っている人は、少なくなくて…。




でも、そういうことを思って恋愛の相手を探しても(というか、そういう人は、そんな 誰かが現れるのを "待って" いますね)、その恋愛は成就しないでしょう。


だいたい、そういう人は「〇〇してほしい」人で、「△△してあげる」としてもそれは「〇〇してもらうため」で、つまり、依存し合う関係を築こうとしてしまうからです。


また、そういう人を "見つけてくれる" のは、依存できる相手を求めているものだからです(彼らは往々にして、一見男らしく頼もしい『俺様男』『DV男』です)。





私は私。これが私。

傷を抱え、問題もいっぱい持ってる、成長途上の私。

こんな私ですが、私は私を、なかなか好きです。

私と一緒に、面白いもの見て笑いませんか? 

美しいもの見て感動しませんか?

響き合う幸せを、体験しませんか?


…と、恋人募集中の旗を掲げるなら、そんな感じでいってほしいと思いますお花





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by kktreasure | 2018-08-20 12:31 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

気に入らない現実を変えたいなら・・・   

2018年 08月 17日

「気に入らない現実を変えていきたい」という時に 最も大切なことの一つは

「主体的である」ということだと思います。




お客様から、

・もう長らく、辛い日常が変えられない、

・特に大きな問題はないけれど、なんとなく毎日冴えない気分だ、

というお話を伺っていると必ず気付かされるのは、

そのかたが「主体的に過ごしていない」「主体的に生きていない」ということです。




そんなことを言ったら、


主体的に、と言われても、自分にはそんな力がない。

それが出来れば苦労しない。

主導する誰かに従うしかないし、

環境に支配されるしかない。


・・・そんなふうに言い返されるかもしれませんが・・・。





確かに、何でも自分の思い通りにしようと思ったら、そうはいかないです。


でも、そういうことを言っているのではないです。





「過去と他人は変えられない」という言葉がありますが、


「主体的に生きる」というのは、その「過去」や「他人」という「コントロールできないもの」に執着するのをやめる、ということです。


これは、過去を忘れるという意味ではないし、誰にも頼らない、みたいなことでもないです。


そうじゃなく、自分がコントロールできるもの(=自分の思考、自分の行動)に集中しましょう、そこに注ぎましょう、ということです。




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いつもボヤいていたり嘆いていたりする人というのは、どうでしょう・・・、誰かが、何かが、変わってくれたら上手くいくのに・・・と、運を自分以外のものに委ねてしまっていて、結果、人生が停滞しているんじゃないでしょうか?



反対に、(そんなに 素晴らしい状況にも見えないのに!)きほん機嫌が良くて、好きなようにしていて、たとえトラブルを体験しても、淡々と向き合って越えていくような人というのは、まさに「主体的」で、幸せそうではないですか?





許しがたい出来事というのは実際あるでしょうし、信じられないような酷い人というのも確かにいると思います。



でも、それらはきっと、

自分に変えられるものじゃない。



だとしたら そういう "自分には変えられないこと、変えられない人" に自分の大切な時間、大切なエネルギーを費やすのは、もったいなくはないですか?





どこに運ばれて行ってしまうか わからない人生、

誰かや何かのせいで自分は不幸なんだという思いを握りしめているような人生は、

自分の意思でやめることができます。


そのことをどうか、覚えておいてほしいと思います。





変わりたい、でもどこから手をつければいいのか・・・という方、

ぜひ個人セッションをご利用ください。ご相談に乗りますclover*





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by kktreasure | 2018-08-17 11:51 | 心の話 | Trackback | Comments(0)

未来に愛される人は・・・   

2018年 08月 08日

「モノは考えよう」と言いますが、

この "考えよう" は、長い時間をかけて身につけた「クセ」に則るものですから、


たとえば、もっと気楽に考えよう、とか、こんな良い面もあるのだから良しとしよう、などと思ってみたところで、
いつもの「考え方のクセ」で、
何にせよ、つい、深刻な方へ、悲惨な方へと思考を進めたり、
ここさえ直せれば/クリアできれば 幸せになれるのに・・・と完璧を目指すうちに、
動けなくなり苦しくなってしまう・・・

そういう方は 少なくないです。


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しかし…

まだこれとこれが足りない…
◯◯さえ得られれば、望む状態になれるはず…

・・・と頑張り続けている人(頑張るのをやめられない人)というのは、
見ていても、どうも息苦しいというか、ハッピーな気持ちになりませんね。

足りないところ、欠けているところをどうにかしよう、それが出来ればきっと幸せになれるはず・・・!という考え方を常にしている人には、

それは ここ一番の勝負の時だけにしませんか?、
基本の在り方としては「まぁ概ねOK♪」ということでいくのがお勧めですよ!

と言いたいです(実際、ときどきそう伝えます)。



みなさん、自分に足りないところ、ダメだなぁと思うところ、しでかした失敗・・・に、すごく厳しいです。

そんなにムチ打たなくても・・・と思います。

優しくしましょう、ご自分にリボン☆
褒めて労いましょう、ご自分の過去をリボン☆

未来に愛される人って、自分の過去を まるっと受け入れ愛すことができる人だと思うのです



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by kktreasure | 2018-08-08 11:55 | 心の話 | Trackback | Comments(0)